3.石窯レストラン
本日三話同時公開しています。
「1.鉄」「2.雛原」をお読みでない場合はそちらからお読みください。
「なんで声かけてくれたんですか?」
事務所から最寄り駅までの途中にあるイタリアンレストランに腰を落ち着けた途端、雛原は口を開いた。
眉間にしわを寄せて俺を睨んでくる。
「いや、特に理由は……」
思わず素直に告げると、雛原はさらに不快そうに眉をひそめた。
「先輩、わたしのこと都合のいい女だとか思ってないですか?」
「都合の? なんで?」
「はぁ……そこからですか。先輩、好きな人いるんじゃないんですか?」
「いや、別に」
雛原が何を言いたいのかわからない。
単に飯食わねえかって言いたかっただけだし、ほかの面子ともよく帰りに連れだって食事に行ってる。たまたま今日はそこに雛原がいたってだけで。
マグカップ洗うのはは帰る準備だってのは知ってたし、もう帰るところだろうと思って声をかけただけ。
「普通、男性から一緒に食事に行こうって誘われたら、女は勘違いするんですっ! どんだけ罪作りなことをしてるのか、わかってます?」
「罪作りって……お前、もしかして期待したのか?」
そう告げると雛原は真っ赤になりながらも「そういう意味じゃありません!」と怒鳴る。
「それに、昼間ずいぶん機嫌悪そうだったしな。……相談ぐらいなら乗るぞ」
「そうですよっ、お二人のおかげでほんとにストレスフルなんですからねっ」
お二人、ということは俺と片野か。でもあの話を振ってきたのは片野であって、俺は何も言ってないぞ。
「俺は関係ないだろ?」
「大ありですっ。こうやって誘ってくるし」
「誘うってったって、飯ぐらい一緒に食うだろ? 同僚なんだから」
「同僚じゃありませんっ、先輩のほうが三年早いんですから」
「似たようなもんだろ」
「わ、わたしはこ、婚約者がいるんですから。か、勘違いされるようなこと、しないでくださいっ」
「勘違い、ねえ」
別に雛原に発情してるわけでもない。そもそも発情のシーズンでもないし、化け猫となった今では発情自体、ないのかもしれない。
……まあ、ないわけじゃないが、メスの匂いに狂うことはなくなったな。
「安心しろって。あの事務所にいる奴全員、お前のこと何とも思ってねえから」
「……ひどっ、それって女としての魅力がないってことですよねえっ」
「ちげーよ。……お前に欲情する奴がいないってだけだ」
「一緒じゃないですかっ」
埒が明かない。店員を呼んで適当にオーダーすると、すぐにドリンクだけ運ばれてきた。
「で、機嫌が悪い原因は何だ?」
「……先輩に言ったら何とかしてくれるんですか」
「俺にできることならな」
おしぼりで手を拭きながら言うと、雛原は唇を尖らせた。
「親から……戻って来いって言われまして」
「見合いでもセッティングされたか」
「わかるんですかっ」
食いついてきた雛原に、俺は肩をすくめる。
「俺もあったからな。……で、お前は帰りたくない、見合いもしたくない。そんなところか?」
なんでこんなところで人生相談始めちゃったかなと思いつつ、やってきたピザに食らいつく。
この店、店内に石窯があるんだよな。だからぱりっぱりでめっちゃうまい。
「その通りです。先輩、さすがです」
「おだてても何も出ねえぞ。……で?」
「だから、どうしたら回避できるかって」
「こっちで男作ればいいんじゃねえの?」
思いつめた風にため息をつく雛原に言えるのはそれだけだ。それともう少し可愛らしくなること、かな。
これ言うと絶対喧嘩になるから言わねえけど。
「簡単に言わないでくださいよ。一応婚約者がっ……」
「それ、嘘だろ」
「っ……」
「本当に婚約者がいるんなら、見合いなんか持ち込まれない。よな?」