TSっぽいの短編
一人の少女が、学校の図書館でチーズとワインを片手に悩んでいた。
「何を書こうか……」
飛び級で卒業した彼女は、実績作りのための書物を作成しなければならなかった。
というのも、元男の転生者であり、女の身でありながら男らしく振舞う姿が、疎ましく思われているためである。
前世の知識を元に解明していけば、それこそ天地が引っくり返る程の内容と量を提出できるが、しかしそれはできない。
なので適度に普通の人ができず、且つ世界を混乱させない程度のことを書かなくてはならなかった。
「めんどくせぇ……」
本当は実績なんていくらでもあるのだが、公の場で公表するのを用意しろとのことなので、面倒極まりない。
もうどれだけの間悩み続けただろうか。少なくとも数日はろくに寝られていない。
「くそ! あれもこれも危険すぎて発表できん。いっそのこと神の電波を受信する魔法でも開発してやろうか」
「ね、ねぇ……!」
ぐるぐると同じ問題に追われたため、だいぶ頭が煮え立ち始めたそんな時、一人の少女が新たに入ってきた。
「あん?」
「こんにちはレージュさん」
「……こんにちは、ナウステル・ダーダルド様」
ナウステルと呼ばれた少女は、意外そうな顔をした。
「私のことを知っておいでなのね」
「位の高い人を全て覚えるのは、貴族の常識だろ」
「常識に当てはまらない人が仰っても、説得力が無いわ」
確かにと呟き、レージュは不敵に笑った。
転生者であるレージュは貴族であるが、目の前にいるナウステルのほうがより爵位が高い。
そのためレージュは最上級の敬意を払わなくてはならないが、その素振りすら見せずにいる。
椅子に座ったままだったり、喋り方だったり、本来なら不敬罪で殺されてもおかしくない。
「それで、俺に何の用で?」
目の前の問題から一旦離れ、気分転換にでもとナウステルに訊ねた。
「えーと、その、貴女にお話しがありまして……」
しかし当の本人は歯切れが悪い。
レージュの記憶では、彼女はいつも堂々としていた。どうにも喋りにくい内容のようで、目線もさ迷わせてもじもじしている。
「なるほど、残念だがお前のパンツを盗ったのは俺じゃない。探すなら情報通のヨースティミスあたりに聞くんだな」
「盗られてないわよ! それに下着を盗まれた程度で神様に尋ねられないわ!」
「じゃあなんだ? 薬の材料で処女の経血が必要なのか? それも悪いが既に自分の指で開通済みだ。他を当たるんだな」
「それも違うわよ! トイレに行きたい訳でも、そのワインが欲しい訳でもないわ!」
強く否定し、レージュの目線から次に言いそうなことを潰した彼女は、一息吐いた後リラックスしたように切り出した。
「あーもぅ、貴女に縁談があって来たのよ」
「縁談だと……?」
貴族の世界はほぼ全て政略結婚だ。そのため縁談自体は珍しくないのだが、レージュはその全てを断ってきている。
幾つかあるレージュの噂話の一つにもある程だ。彼女が知っていない筈がない。
「お前も知っているだろう。俺は全ての縁談を断ってきた。それとも地位で脅せば頷くと思ったのか?
残念ながら否だ。俺は男と結婚するつもりはない」
「ええ、知っているわ。それで……その……」
再び目線がさ迷い始める。その仕草にレージュはまさかと思い、次の言葉を待った。
「縁談の相手は、私なの」
「あー、なるほど」
今度はレージュが言いよどむ番だった。
普段の言動や、縁談の断り方から、女性が来るかもしれないと期待はしていた。
実際、断ってきていた一番の原因は相手が男だったからだ。
迷ったレージュはワインを口にする。
「……すぐに断らないのね」
「赤ワインが欲しいのに、白ワイン出されたら誰だって断るだろ?」
「今回はどうかしら? ブドウの品種自体は悪くないと思うのだけれど」
「悪くないどころか、勿体無いぐらいだ。俺じゃなく、目上の奴に飲ませたほうがいいと思うぐらいな」
ここで気づかれないように、レージュは魔法を使った。
細部までは分からないが、大雑把に嘘かどうか分かるという魔法である。
「簡単な理由よ」
「ほう、どんな理由だ」
「……貴女が好きだからよ」
ポロっと、手に持っていたチーズを落としてしまった。
茫然自失の見本と言わんばかりに、反応らしい反応が無い。
「な、何か言いなさいよ」
「あ、いや、そうか、うん……」
「そんな哀れみな目で見ないで! 違うわよ! 貴女と違って女性を好きなんじゃないわ!」
言外に『レージュだから好きだ』と言っているのを、ナウステルは理解しているのだろうか
そして魔法による真偽の判定は、まごうことなき真。一片の嘘も吐いていなかった。
レージュにとって、世界の全てが敵だった。
家族、従者、大人、同級生――目に映る全てが、自分を否定してきた。女のくせにと。
そしていつしか、自分で自分を否定するようにもなった。どうして男に生まれてこなかったのかと。
故にナウステルの肯定が、レージュにとって涙が流れる程の喜びとなった。
しかし悲しいかな。今までの弱みを見せず敵対するかのような生き方のせいで、どう表現をすればいいのか分からない。
「それで、どうかしら。縁談を受けてくださるの? 断るの?」
「喜んで受けさせてもらう」
レージュは彼女の手を取り、親愛を示すように軽く指先に口付けをした。
その仕草にナウステルは耳まで真っ赤に染まる。
これぐらいのこと、社交界などで数え切れない程されてきただろう。しかし恥ずかしがる初々しい姿に、レージュへの想いが垣間見え、そのことを嬉しく思った。
「貴女の笑ったところ、初めて拝見したわ」
無意識に笑っていたらしい。口元に手を当ててみれば、確かに笑っていた。
「そういえば、最後に笑ったのはいつだったかな。もう覚えてねえや」
笑うどころか、感情を動かすのさえ久しぶりな気がする。
全員から否定されていたレージュは常に気を張っており、心休まるときがなかったからだ。
「そうだ」
レージュはあることを閃く。そしてそれは素晴らしいことのように思えた。
「どうしましたの?」
「今度発表する内容を思いついたんだ」
「ああ、特例を認めるために、国益になることを提出するというものでしたわね。
実績があるから特例の申請をしているのに、酷い話ですわ。
それで、どんなことをお書きになられるのかしら?」
レージュは薄く微笑んだ。重圧から開放されたような表情である。
もう世界がどうなろうと知ったことではない。彼女さえ肯定してくれるなら、どうでもよくなった。
そんな思いのもと、晴れ晴れとした顔で言った。
「女同士で子供を作る方法」




