異能者たち、居残
夕日が差し込む廊下には一定のリズムで床を鳴らしていく生徒の姿があった。
夕暮れ時、生徒の安寧とも言える放課後。しかして、その生徒には穏やかな空気は不相応で、むしろ不穏ともいえる雰囲気を醸し出していた。
「くそっ⋯。僕が何故こんな目に⋯。アイツが⋯アイツが裏切った、だというのか!有り得ない⋯こんなこと、あってはならないはずなのに!!」
生徒の口から漏れた言葉は人のいない廊下に虚しく響く。
一人としてその言葉を聞くものはおらず。
一人としてその真実を知るものはおらず。
そう、一人としてその追試を受けたものはいなかった。
生徒、久雪詩は一人、ただ一人担任教師の三田とともに追試兼補講兼説教兼反省文という甘美とは程遠い長い長い時間を過ごしていた。
生徒の誰もが、あの成績の底辺の象徴ともいえる五組の生徒さえも、通過できる試験が本日の3限目、早弁を済ませ心地よい眠気が久雪を襲う中行われていた。
試験とは言ったものの昨年度の復習の基礎問題という極めて難易度の低い、いわゆる小テストだ。so、quiz!
それを彼は一人食後の休みを満喫するかのように爆睡をして、白紙(但し名前欄は除く)で提出をしたのだ。正確には回収されたというのだが。
白紙回答であるなら、昨年度の復習でもあるし、追試と注意喚起のみで解放されるものであるが、今回の主犯が久雪であったために対応は一変したのである。
久雪といえば、昨年度半年近くの停学をくらい自宅謹慎をしていた教師陣の頭痛を増やした問題児だった。そのため昨年度の学習は追いついているのか、不安は尽きるものではなかったし、当の本人に学習意欲が見受けられず、学園長らの温情がなければ退学も辞さない状態であった。
そんな彼だからこその追試、補講、説教、反省文の四重苦であるのだ。
彼自身もそれは理解しているし、自業自得だとは思っているものの、仲間意識のあった桐生に置いていかれたことが現在の不満の種といえる。
それはテスト後、かの5組での出来事。
授業が終了したチャイムが鳴って、一番後の席の生徒が解答用紙回収をして行った。その時はまだ、久雪は夢の中であった。その姿は愚かで、勇敢で、憐れなものだった。クラスの目もまた、同じ意味合いを含んだものであった。
テストが白紙で提出されてしまったことに気がついて、青ざめたのは四限のなかば。
ようやく目が覚めて、体を起こした久雪は真横に座る影宮に寝ぼけ眼でこう言ってのけたのだ。
「あれ、影くん。テストまだ配り終わらないの?」
空気が、凍り付いた。
五組の生徒がこの瞬間よりも、四限の教師が学校一の年配で良かったと思ったことは未来永劫、一度もなくなるだろう。
非常にどうでも良い情報ではあるが、この耳の遠い先生は久雪の声を都合よく、自身の問の正解と聞き間違え、久雪はこの教員に謎の好意をもたれたのである。数学の成績はちょっと上がったようだ。
その後昼休み、朗らかな賑わいを見せる風景に似合わぬ轟音が響いた。轟音の主は三田先生。小テストの報告を受け、大地を割る勢いで走り歩きをしてきた。廊下を走らない、理性のある獣である。
そんな三田は5組に入るやいなや紙パックを開けようとしている久雪を見つけ、掴み、怒鳴るか、と皆が耳をふさいだ中、「⋯放課後、迎えに来る」そう、熱烈な告白をして去っていったのだった。
教室は呆気にとられ静まり返り、呆然と立ち尽くす久雪は隣で昼食をとっている桐生に「お前も含まれてるよな?」と不敵に笑った。
その問に清々しくNOと答えた桐生は、自身のコンビニ弁当にぬるい牛乳を注がれた。
という一件があり、彼の選択授業である音楽が終わった後、音楽室の椅子に縛られたまま、冷酷な気配を漂わせた三田によって奇しくも発見された。
なぜ縛られていたのかは触れないで上げてほしい。いや、彼の趣味とかそういったことではないのだが。「名誉」のためだ。
その後は、『お察し』である。
ホームルームが無い曜日である今日は、駄弁っている生徒の姿はまばらであった。
殆どは部活か帰宅。
そのどちらにも属せなかった彼は一人寂しく、下足室へと歩を進めている。
彼が丁度2階の階段を降り始めた頃だった。大きな鏡のある踊り場から男女二人分の声が聞こえた。
男の声は聞き馴染みのある声で、女の方は知らぬ声だった。
「こんな時間まで残ってるなんて、変な奴だなあ・・・それにしても、もう一人の女の声はだれだろー・・・」
ひとり廊下でぶつぶつしゃべる不審者と化した久雪は、会話の主たちに気付かれぬように階段に座り込み、ひっそりと聞き耳を立てていた。
「・・・・くん。やっぱり・・・・・は・・・・だめ・・・・みた・・・・・・そう・・・うことは・・・・・」
「いや、だめだ。のんびりしていたら、あっという間に卒業してしまう。それにあの噂は・・・」
「・・・そう・・・れない・・・・わた・・・は・・」
男のほうは通る声で、はっきりとした口調だったが、おどおどとした女のほうの会話までは聞き取れなかった。少なくとも痴話喧嘩や告白、砂を吐くセルフの嵐でないとわかったため、しびれをきらした久雪はそのまま階段を下りていこうと立ち上がった。
階段を下りてみると、そこにいたのはクラスメイトである影宮とふわりとした印象を受ける愛らしい女子生徒。クラスメイトである彼には挨拶ぐらいしていくか、というような気分で久雪は彼らに声をかけた。
「お!影くんじゃないですかー。こんな時間までなになにー?彼女さんと放課後デート?人目のないところで手を出しちゃう感じかな!!?」
このあと影宮が羞恥に顔を真っ赤にするのは言うまでもない。