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異能者たち、寄道

 結局のところ、久雪と桐生が教室に戻ってくることはなかった。

 三田先生は鬼気迫る顔で

「早くしないと、アイツらが逃げてしまうから巻きでいきますね!」

 と叫び、超速で連絡を終わらせていった。

 やっぱり、新人とは思えない仕事ぶりだ。

 しかし先生、俺の予想では多分もう逃げていると思います。

  俺としては、久雪が戻ってこないことは好都合であった。あんなことを聞かれて、どういう顔をすればいいのかわからない。もしも久雪が何らかの形で『あの噂』に関わっていたとしたら、俺が変な様子を見せることは危険な気がする。

 正直、あの意地くそ悪そうな笑顔は、俺の勘ではあるのだが愉快犯だと推測される。

 真実など、何もわからないのだが。



無事終礼も終わって俺達は解放された。

 しかし、教室を去っていく時の「あンの糞ガキ⋯逃げやがったら反省文3枚で済むと思うなよ⋯」と呟いた、殺人鬼のような先生を俺は忘れられない。

 そして何より恐ろしいのは、俺が近づいた時にくるりと振り向いて、満面の笑みで「影宮君ありがとうHR始めておいてくれて。ほんとに助かったよ!」と、言ってのけた事だ。

まるで別人格である。


 人とは末恐ろしい生き物だ、とこれ程までに感じたことはなかった。





 さて、俺は何故か先生に教卓の上に置かれたプリント達をクラス机の上に置いておいてくれと頼まれ、特に部活もしてなければ用事も無かったため二つ返事でその仕事を受けてしまったのだ。

 そのため、少しばかりほかの生徒より遅く教室を出る羽目になった。

 人より比較的近い地区に住んでいるから特に気にはしないが、なんとなく損した気分にはなった。

 俺の心は狭いのだろうか⋯




 校門を出て、行きとは違う道を通って下校する。

 毎日代わり映えのしない生活と、少しの精神バランスの崩れは俺にとって命に関わる問題だと思っているからだ。だから、高校2年になったら行きと帰りは違う道を通ったり、なるべく通ったことのない道を使おうと決めたのだ。

 実際は命がなくなるのではなく、存在──影がなくなるのだが。


 商店街を通り、学生向きの娯楽施設の立ち並ぶ通りに差し掛かったところだった。

「いやー、大量大量!きゅぷるるーん星人がこんなに取れるなんてな!」

「そ、そうだな。ゲーセンの店員さん半泣きだったぞ」


──なにか聞こえた気がする。

 俺の前方6メートル先の左側にあるゲームセンターから出てきたのは、間違いなく、間違いであってほしいのだが、久雪&桐生である。

 なんかチャ●アスみたいな言い方になった。いや、そんなことはどうでもいい。俺はそれ程までに動揺しているのだ。


──何故お前らは、ここにいる!?


 本来なら、そう、本来ならばこの二人はどこかの教室に篭もり反省文を書かされ、三田先生の説教を受けているはずなのだ。

 いや、確かに俺も逃げているだろうとは思っていたが。

 しかし何故、直帰しないのだ。何故明らかにさっきまでゲームセンターにいました、というようなものを抱えているのだ。ていうか「きゅぷるるーん星人」など聞いたこともないぞ。


 とにかく、あの二人にばれないようにと後ろを通り過ぎよう。ばれては駄目だ。何故かって?そんなもの、絶対に、十中八九、絡まれるからに決まっているだろう。


 二人が向かいの店へ向かおうとした今がチャンス。

 全力で走る。

 走ろうとしたのだが、

「あれー。影くんじゃーん。奇遇だねぇ」

 普通に、ごく自然に見つかった。

 久雪は両手がいっぱいだったから手を挙げられないため、小学生みたいにピョンピョン飛び跳ねている。

「ほんとだ影宮。お前も寄り道か?」

 桐生はやあ、と軽く手を挙げる。

「お、おう二人共。偶然だな。俺はてっきり反省文を書いていると思ってたよ」

 若干声が上ずった気もしたのだが、大丈夫ちゃんと話せている。

「まぁ、そうだったんだがな」

「なんと先生、ドアに鍵かけないでHR戻ってったからさぁ。そりゃあ逃げる他ないよね〜」

 そう愉しそうに言ってのけた。おまけに、ドジだよね〜、なんて言っている。

「普通逃げるやつなんていないから鍵かけてなかったんじゃ⋯」

「んー?どうしたの?」

 小さく呟いたから久雪には聞こえなかったらしく、にたにたと顔をのぞき込まれた。俺はなんでもない、と答え後ずさった。

 そして、すぐに、思いついたかのように俺の後ろの方を指さした。

「あ、そうそう!僕たちあそこ行こうとしてたんだ!」

 振り向くと、僅かに老舗みを感じる洋菓子店があった。

「今ね〜期間限定の桜シューっていうのが売ってるんだ〜。影くんも行こうよ」

「え、いや、俺は遠慮しとこうかなぁ⋯なんて」

 これ以上久雪たちと一緒にいるのは限界だ、と思って逃げる算段を立てる。

「影宮はあれか、甘いの苦手な奴か」

 桐生が助け舟を出してくれた。甘い物は苦手では無いのだが、口実にはなりそうだ。

「うぇ!?そうなの?⋯ふーん」

 久雪はかつて無いほどのジト目でこちらを見てくる。

 しかし、ま、いっか、といってシュークリームを買いにいってしまった。

 桐生と二人残された今が好機。

 そう思い逃げようとした。

「影宮ってさぁ、」

「へ!?」

 唐突に話しかけられるものだから情けない声を上げてしまった。

「あ、いや。影宮って去年五組にいなかったけど、そんな成績悪かったのか?なんか、俺らとは雰囲気が違うっていうか、馬鹿っぽくないからさー」

⋯馬鹿っぽくない⋯。

 思ってもいなかった質問に少し動揺した。

 特に隠す必要も無いだろうし、変に隠しても怪しまれそうだから、異能のことだけは触れずに話す。

「あ、あー⋯まぁ。ちょっと去年の期末と追試ばっくれてな⋯」

 不可抗力だけど。

「なっ!まじか、お前勇者だなぁ。いや、すげぇわ。尊敬するよ、それ」

 桐生は腹を抱えて笑っていた。

何となく悪い気はしないが、複雑である。

「じゃあ試験困ったら影宮に教えてもらえるってわけか」

 俺の前で手を合わせて、ナムナムとする姿を見せる。俺を仏かなにかと勘違いしていないか、この男は。

「俺でいいなら、まあ、教えないことはないが⋯」

 という俺の発言に飛び上がって喜んでいた。

──そんなにありがたいか?

「そういう桐生と久雪は去年から同じクラスなんだろ。これだけ仲いいんだし」

「ん?まー、一応だけどな」

 歯切れの悪い答えについ反応してしまう。

「一応?」

「そ、あいつは去年十月からの半年間ずっと停学っていうか、自宅謹慎だったんだよ」

 衝撃である。あの、華奢な久雪が半年も謹慎処分。どれだけ末恐ろしいことを仕出かしたのか⋯。学校中のガラスを割ったとしてもその刑罰では重そうだ。

「は、半年もか?」

「そうなんだよなぁ⋯」

桐生もその停学の異様な長さに疑問を覚えているようだった。あの久雪も話したくないことの一つや二つあるようだ。

「なになにー。僕のいないところで何話してんのさ。仲間はずれ良くない、かっこ悪い、だぞぅ!」

 と、間の悪いことに、当の本人が帰ってきた。

 桐生は何でもねぇよ、と答え久雪の左手のシュークリームをひょいと取っていた。

 桐生もよく知らなそうなこと、つまりはこの久雪が人に話したがらないこと。少し気になるが、根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だろう。ちょっと、ほんの少しだけ気になるが。

 そんなことを考え、少しだけぼうっとしていたら、目の前が桜色になっていた。

 と言うのは少し大袈裟な表現で、目の前には溢れそうなくらい桜色のクリームが詰まっているシュークリームがあった。

「おい、影くんよ。僕のシュークリームが受け取れないというのかー!」

「お前のじゃねぇだろ、元は店のもんだ」

 久雪が自分のを半分に割って、俺に渡そうとしていたらしい。

 しかし、ボソりと呟くような桐生のツッコミには不覚にも吹き出しそうになった。

「早く持っていけー。僕のゲームしか持てない手が折れてしまうだろうがー!」

 ぶんぶんと腕をふっているのは、俺を急かしているのだろう。

 少し、小動物みたいだなと思ったことは、きっと勘違いだ。

 ありがとう、と言って期間限定という、桜シューを頂くことにした。

 一口食べれば口の中いっぱいに広がり、すうっと鼻から抜けていく桜の香り。着色料のような不快感もなく、自然の甘味によって生み出されたクリームは、こってりしている訳では無いのに、しっかりとその存在を魅せてくる。少しだけ塩をきかせて甘さを引き立たせているのは、何となく桜餅を連想させるものだった。

つまり、今世紀最大の美味いシュークリームということだ。


 きっと俺は間抜け、というより幸せ噛み締めた表情なのだろう。

 二人の視線がちくちくと感じるが、それどころでは無い。

 無心にシュークリームに齧り付くと言うのは、小学生の時以来ではないだろうか。

 ものの数秒で平らげてしまったことに一抹の後悔を感じつつも満足感に満たされていた。

「どうだ?美味かっただろー」

 そう、嫌な感じではない、にやにや顔で言われるが、全く否定のしようがなく、俺は(おそらく笑顔で)頷いた。

 俺のその反応に満足したのか、久雪はそれこそ幸せそうに腕を頭の後ろで組んでくるっとその場で回った。

「影くんも意外とわかる人だねぇ。僕は感動だよ」

「いや、こちらこそ、ありがとう。まさかこうな名菓に出会えるとは⋯作りがいがありそうだ」

「影宮!お前菓子が作れるのか。にしし⋯おやつ要員ゲット!お前は存在そのものがギャップみたいなやつだなぁ」

「そうだねー。今度つくったら僕にもちょうだいね。で、影くん、僕らはこの後も寄り道を続けるけど、来る?」

 まさか、クラスメイトから寄り道の誘いが来るとは、昨年度の俺は想像もしてなかっただろうな。

 だが、時間も時間だ。かなり予定よりオーバーしている。夕飯の仕込み、という仕込みはしないのだが、洗濯も、掃除もなあなあにしているから、もうそろそろ帰らなければならない。

「いや、ありがたいが、俺は予定があるから帰るよ。ありがとう二人とも」

 俺は軽く手を挙げる。

 二人はそれを快諾して、

「そっかぁ、予定じゃ仕方ないな。また明日ねぇ

「じゃあな」

 と言った。


 久雪らと別れを告げ、帰路に戻る。

 ゴチャゴチャとした繁華街から抜け、閑静な住宅街に入る。


 それから、今日の二人のことを思い出した。

 なんとも愉快な奴らだった。

 始業式が始まってから、たった一日しか学校に通っていないのに過去にないほど長く感じた。

 とにかく密度のたかい一日であった。



 久雪らは普通の、そう、普通の高校生だ。

ふと、そんな言葉が心に落ちた。


今日一日で何がわかるのだろう。

 俺は何をそんなに身構えていたのだろう。

 そもそも、あの噂が本当に存在するかもわからないのに、変に俺が気を回す必要など無かったのだ。


 久雪がいいやつか、ということは置いておくとして、だ。奴に敵意はない、はずだ、と我ながら希望的観測をしてしまった。

 敵意はなくとも奴が変態で、人の屑のような存在だということには変わりないのだが。


 数秒後には今日の夕飯のことを考えながら、歩いていた。

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