異能者たち、放課後
入学式は何事もなく終わった。長いこと座っていたせいで痛めてしまった腰と尻ををさすって廊下を歩く。
「ったく、話が長すぎるんだよ。もっと簡潔にできないのかっての…」
俺はそう独り言をぶつぶつと言っていた。
同様に、他の生徒らも長々と続いた校長、学園長の話の愚痴をこぼしていた。
悲しいかな。雑談をしながら教室に戻るような仲の友人が周りにいない俺は早々と教室に戻ってきてしまった。
仕方無い、静かに皆を待っていよう、と扉を開けた。
するとそこには、予想だにしていない光景があった。
「あれ?影くんじゃん。はっやいねー」
え、影くん?なんてコミュ力を持っているんだこいつは、と驚愕する。
「もう始業式終わったんだ。…って、あ、ちょっと待って弾切れしたわ。すまん、ちょい出る。やっぱ太刀だなー。移植してからだと太刀のが断然やりやすいわ」
「いや、詩。あれから一時間以上は経ってるからな。ぅあ、おいこらテメ、フィールドから消えんなっ!」
教室には誰もいないと思っていたが、久雪と桐生が向かい合って席に座っていた。手には携帯ゲーム機が装備されており、一狩り聞いたくなるような荘厳なBGMが騒がしく教室に響いていた。
ただ突っ立っているわけにもいかないので、二人の邪魔をしないように席につく。手持無沙汰であるため仕方なしにゲームに興じる二人を眺めていると、久雪がにやりと笑った。
――うわ、性格が悪い奴の笑い方…。
「さーて、一人フィールド内を奔走する可哀想な司苑くんを助けてあげましょうかっ」
満面の笑みで設楽は桐生の焦る姿を見上げる。桐生もその姿が視界に入ったのか、声を荒げ怒鳴った。
「にやにやしてないで、ちゃっちゃか戻れって!」
「はいはい、っと」
そして、ふと思い出したかのように問いかける。
「そういや、影宮君が返ってきたってことはそろそろ皆戻ってくるよね?」
「……まぁ、そうなるな」
どうせ、廊下でたむろしているだろうけど、と心の中で加える。
その返答に、久雪は意気揚々とした。
「よーし、司苑副官!巻きで行くぞ」
「はぁ⋯、仰せのままにっ」
桐生のため息を合図に二人のボタンをおすスピードが変わった。
教室はBGMにけたたましいボタンの連打音が加わって、それなりのカオスになっていた。
二人が真面目(?)になってから、数分と経たずに獣の断末魔が聞こえた。お目当てを仕留めたのだろう。
「はー、倒した倒した。まったくもって張り合いのない…。もうちょっとデカくてもよかったんだぞ。この頭でっかちめー」
久雪はゲームの画面をつんつん、とつついて喋っている。
――なんというか、あb……
「危ない奴だろ?こいつ」
桐生が久雪を指さして言った。本当に思っていたことをズバリと当てられて少し戸惑った。
「え、あ、いや、…………⋯⋯そ、そんなことないんじゃないかなぁ⋯多分」
「え!?何さ、その間は!僕は危ない奴なんかではないぞっ!…というか、僕なんかよりこの教室のがよっぽど危ないと思うけどねぇ!」
その言葉に戦慄した。あまりにも自然的、日常的に発せられた言葉に何か奥があるのではと、探ってしまう。
俺の悪い癖だ。
「まぁ確かにこのクラスは不良ちっくな奴は多いけど、あんま俺らには関係ないだろ」
桐生は呆れたように諭す。
――確かにその通りだ。あの噂を知らないなら、誰だってそう思うに違いない。
「え~でも~久雪さんは~、か弱いっていうか~、平和主義者だから〜、あんまり野蛮な人に囲まれちゃうと~、死んじゃうっていうか~」
久雪は両腕を肩にまわして、くねくねと動く。
「どの口が言うんだよ。てか、その動きキモイからやめろって…」
ちぇ、と口をとがらせる久雪。すると彼は、ふいにこちらに向き直り、言った。
「影君はさ、どう思う?」
「何が、だ?」
にこやかに笑っていた目が、開かれる。
悪寒が走り、額に脂汗が滲んだ。
心の内を見透かされているような気分になる。
彼が口を開こうとした瞬間。
「久雪!!桐生!!」
スパンッ、と強烈な音が響きわたった。
音のしたドアのほうに目をやると青筋を浮かべた三田先生が笑顔で仁王立ちしをていた。
…先生、目が笑ってないです。
「ぱっと目を離すとこうやってサボるサボるサボる…」
一歩一歩着実に近づいてくる。
「おい、詩。結局ばれたじゃねぇか」
「いや~、まさか、そんなはずは…」
コソコソと耳打ちいあっている二人に、指差して怒鳴る。
「そこぉうっ!!!コソコソしないっ!」
「「へぇいっっ」」
ビシィッ、と敬礼している二人をよそに三田先生は俺のほうを見た。
「影宮君」
「はっ、はい」
――条件反射で立ってしまった。三田先生…なんという圧力。本当は熟練教師なんじゃ…
「ちょっと、二人と話があるから、他の子が戻ってきたらHRを始めておいていいと伝えといてくれるかい?」
「は、はい…」
それだけ残し、彼らは教室を去っていった。
「まぁ、ある意味、助かったのかもしれないな」
ふと、俺を見上げる設楽の目を思い出し、ぞっとした。だが同時に口元は愉しそうに笑っていた、まるでおもちゃを与えられた子供のように。
「あいつは、どういうつもりで言ったんだ⋯」
『影くんはさ、どう思う?』
この台詞が嫌に頭に残る。
「⋯どう思うも何も、所詮は噂なんだからなぁ」
今年度が始まって一日と経っていないのに、謎ばかりが増える、と少し疲れたなあと感じながらも、その根底には嬉々としたものがしっかりと築かれていた。