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異能者たち、始業式

 俺──こと、影宮直刀かげみやなおとの朝は早い。



 今朝も五時きっかりにセットされた目覚まし時計の仕事を取り上げるかの様に、設定十分前に目を覚ます。

 それから支度を整え、朝食の準備にかかる。

 両親は仲の良いことに、二人揃って海外張中である。そのため家事は自分でやらなくてはならなかった。得意ではなかった料理は、いつの間にか和食全般は俺の十八番となっていた。

自分でも正直なところ、儲けられるのではないかと感じている。

 今朝は鯖の塩焼きを中心に献立を立てた。




 朝食をとりながらテレビに目を向ける。

 普段と変わらず、爽やかなアナウンサーが今日の天気と主要なニュースを報じていた。

 その中に、新たな『異能』が発見されたというニュースがあった。近頃は数年前と比べて、新しい異能が発見されることが激減したため、このようなニュースは久々であった。

 俺は箸を止めて発見者の記者会見の様子を見入っていた。

 カメラのフラッシュが激しくたかれる中、初老の女性が落ち着いた調子で、

『我々、壱依(いちい)学園高校は新たに「重力操作」の異能を発見致しました。』

 と語ったのを聞いて直刀は味噌汁を吹き出しそうになった。

「壱依学園だと!?」

 壱依学園高校は初等部から大学まで揃っている私立学園の一部。そして公式的な、異能者の入学が認められている唯一の学校であり、俺の通っている高校でもある。

 映像をよく見ると、初老の女性は式典などでしか見ることがない理事長であった。その横には校長や教頭らが座っていた。

この顔ぶれに、数ヶ月前の校長室での一件を思い出した。

「じゃあ、この『重力操作』っていう異能持ちが今年度の新入生にでもいるのかよ…」

 大変そうだなぁ、と他人ごとのように呟いて残りの味噌汁をぐぐっと飲み干した。



 ぼうっとテレビの会見を眺めていたら、かなり時間が経ってしまっていた。

「…っと、そろそろ行かないとな。」

 まだ理事長の会見は続いていたが、どうせ学校に行けばこの話で持ち切りだろうと思い、テレビを消して急いで朝食を片付けた。作ることは好きになったが、片付けは相変わらず面倒だと感じる。


 家の電気を消して、返っては来ないとは分かっているが、小さく「行ってきます」と告げて家を出た。



  *



 少し遅めに家を出たためか通学路には多くの生徒がいた。普段はもう少し早く家を出て静かに登校をするので、こういった人混みは慣れない。


 少々陰鬱な気分で登校している俺の背中にどんっ、と衝撃が走った。

 振り返ると、すぐ後ろにふわふわの髪を二つに結んだ女子生徒―――小鳥遊雛梨たかなしひなりが背景に花が咲きそうなくらいに、にっこりと笑っておはよう、と言った。それから、直刀の横に並んで歩きはじめる。

「あぁ、小鳥遊か。おはよう。」

 背景にふわっふわの花が舞うピンクの女子高生と、黒を基調とした男子高校生(若干中二め)が並んで歩くのは中々に珍しい図見える。しかし俺と雛梨は中等部からの友人である。お互い近づきすぎず遠すぎない関係を築くのがポリシーであるためか、こうして今でもそれなりに仲が良い、と俺は思っている。


「あれ、直刀君がこの時間に登校するなんて珍しいね。寝坊?」

「あー、いや。ニュースを見てたら、いつもの時間が過ぎてしまってたんだ。」

「えっと、なんだっけ…重力の異能?だったっけ?すごいよね。その人、入学早々にモテモテになっちゃうね。」

そういって、手を顔の横で組み、目を輝かせている。

「モテモテ、というのかイマイチわからないが、それなりに有名になるのは間違いないだろうな」

「直刀君だったら、絶対全力で異能隠しそうだよね」

「まぁ、そうだな。異能があるってだけで目立つんだし、それ以上、悪目立ちしたくないからな」

ため息混じりに答える俺に彼女はいたずらっぽく含み笑いのような顔を見せた。

「大丈夫だよー。『影』のこともちゃあんとヒミツにしてるから!」

こういう邪気のない顔を見せる素直な彼女だから、俺も自分の異能のことを教えたのかもしれない。

誰かに知っていて貰いたかったのだ。

──少しでも、俺の「存在」がまた消えた時に希望が持てるように。



 そうこうしているうちに学園に着いた。

 クラス変動の主が成績であるが、やはり誰がどのクラスか気になるのだろう。そのため、毎年しっかりと掲示板の前には人だかりができている。

その横を二人は張り出されたクラス表を素通りして高校校舎に入っていった。

閑散とした昇降口で、俺は、やっと静かになった、と息をつく。うちの学校は土足なので下駄箱というものは無い。なんというラブコメフラグクラッシャー。


 二年の教室の前まで来て俺は足を止めた。

「直刀君?」

「いい忘れていたんだが、俺さ5組に行くことになった」

 数秒、雛梨は静止し、

「えぇ!?聞いてないよっ!直刀君成績よくなかったっけ?」

「まぁ…期末ばっくれたからな」

「あ、そっか…。⋯異能ってやっぱり不都合なことばっかりだね」

 雛梨は若干しょんぼりとした様子だったが、すぐに、ぱっと笑顔になった。

「で、でも5組ってイロイロと噂が耐えないもんね!なにか私に出来そうなことがあったら言ってね!!協力するよぉー!」

雛梨がえいえいおー、と腕を上げてみせる。気合いを見せているのだろうか⋯

「あぁ、ありがとう。何かあればそうさせてもらうよ。じゃあ」

 雛梨に別れをつげて、俺はそのまま一番奥の教室まで歩いた。



 教室にはそれなりに人が集まっていた。

 それでも俺の友人、知り合いは一人もいるはずがなく、教室中からはこの間まで補習にいなかったよな?という奇異の目を向けられた。


 直刀の席は窓際の一番後ろだった。

──漫画とかの主人公みたいだし、良しとするか。

 などと上から目線の感想を思う。


 机の上に置いてあった細長い名簿表を確認していくと異能絡みの問題を起こした生徒や、停学処分をくらった生徒、名の知れた不良の名前がみられた。

 その手の噂に人より興味があるため直刀はクラス分け初日であるにも関わらず、半分程のクラスメイトを記憶していた。


 本鈴のチャイムが鳴り教室のドアが大きな音を立てて開く。

 入ってきたのは白衣の教員。うわぁ、すごく⋯テンプレ。

 雑にワックスをかけた髪に無難な銀縁眼鏡というオプションを付けた男性は教壇に上がろうとした瞬間段差につまづいて、大きく前のめりになって倒れた。

 ガツンッ、と鈍い音がした。教壇を、騒いでいた生徒らは見つめる。多分、今が一番このクラスのシンクロ率が高いだろう。

 しかし倒れた担任と思しき男性教師はまだ起き上がらなかったし、起きる気配も感じられない。

 次第に教室から「おい、死んでんじゃねぇの?」とか「返事がないただのしかばねのようだw」とか「おい。誰か教員呼んでこいよ」とか「よっしゃ、帰れる〜」という声が上がってきた。

 俺は自身の不良という言葉の意味を少々訂正する必要があるなと思った。(一部を除き)意外といい奴ら…、と。


 教師が倒れてから十分程が経過したとき。

「たこ焼きッ!!!」


 ―と、


 教師は


 叫んだ。



 教室は数秒間、静寂に包まれた。

 恐らくクラス中が「はっ?」と思ったことだろう。


 そして、むくりと起き上がって何もなかったかのように教壇に立ち黒板に『三田 狛人』と書いた。


「今日からこの2年5組の担任になる三田みた 狛人こまひとだ。専門は日本史で、…まぁ、去年ここに赴任したばかりだからこの学校では君らと同い年だな。そういうわけだから、君たちにもサポートをお願いしたい。

 これから一年、よろしく頼む。」

 にっと爽やかに笑う。

 しかし床に残った血と、三田先生の額と鼻に残る血痕が彼の笑顔を、よりサイコパスにして見せた。


「いやぁ、それにしても静かなクラスだな。5組の担任を頼まれたときは正直ビビってしまっていたんだが…」

 照れくさそうに笑って何事もなく話を続行しようとする三田先生。

 彼は転んでなどいない、何も起こらなかった、クラス中がそう結論づけた瞬間であった。


「いやぁ、でもやっぱり人っていうのはね⋯⋯…あ。やぁ、おはよう。桐生君、久雪君。」

だんだん話のそれていき、ほとんど生徒の耳に入っていない話の途中に、突然手を振るからクラス中が、やっぱりこの人は脳を深くやられてしまったんだ、と思った。しかし実際、教室の一番後ろには、長髪天パを後で結んでいる大きい男子生徒と、桜型の髪ゴムで小さい子供みたいにちょんちょりん結びをした小さい男子生徒が匍匐前進していた。


 大きい方の男子生徒は後ろをむいて、小さい方に抗議をする。

「おい、バレないようにしといたっつーのはどうなってんだよ!」

 小さい方は「あれ〜、おっかしいなぁ〜」と、どこかで聞いたフレーズでへらへら笑って受け流していた。

ここまでしっかりバレていて、それなりの策でもあったのかと半ば呆れ気味に見てしまった。


「二人とも?何を話しているんだい?隠れてないでさ、出てきなさい」

 三田先生の声のトーンが低くなったことに敏感に気づいた二人は即座に立ち上がって席についた。


 席は小さい方の男子生徒が俺の隣、大きい方がその前であった。

 小さい方の男子生徒は結んである髪を揺らしてにこりと笑って俺に手を差し出した。

久雪くせつ うただよ。よろしくね」

 直刀は差し出された手を握り、

「影宮だ。よろしく」

 と小さく答えた。

──ちゃんと見るとコイツ女みたいだな。白いし髪長いし頭に桜ついてるし…

 俺が、にやにやと非常に愉しそうに笑う詩に気を取られていると、三田先生がぱんぱんと手を叩き皆の注意を引いた。


「さて、全員揃ったことだし、時間も丁度いいので講堂まで行こうか」


『三田先生』という大きな謎が残されたまま、俺の高校生活は無事(?)に幕を開けたのである。


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