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第1話

「村が……俺の村が……」


エロウィンは燃え盛る猛火の前で愕然とした。

生まれ育った村が炎に包まれ、今朝まで寝起きしていた家が灰燼となって崩れ落ち、見て育った光景が何もかも変貌し、親しい知人も、友人も、父母も、そして恋人までも、紅蓮の炎が全てを燃やし尽くし、エロウィンから奪い去って行く。


「父さん……母さん……アルナス……」


膝から崩れ落ちて天を仰いだ。

溢れる涙が頬を伝い、雫となってこぼれ落ちる。

行き場のない憤りと悲しみが17歳の少年の胸をかき乱し、湧き上がる憤怒の衝動がエロウィンの思考を奪い去った。


「ちくしょう!ちくしょうっ!!……なんでだ……なんで、村が……」


地面に拳を叩きつけて怒りを爆発させた。

何度も、何度も拳を叩きつける。皮が剥けて血が滴ろうと構わず、まるで仇を討つかのように殴り続けた。

やがて炎は鎮火し、陽も傾いて夜の帳が下りた。

エロウィンの両拳は血に塗れ、飛び散ったススで身体は薄汚れていた。

しかし涙が枯れることはない。

湧き上がる怒りは更に燃え上がり、覆い被さる悲しみはエロウィンを奈落の底に引きずりこんでいた。


「……なにもかも……なくなっちまった……」


魂が抜けた瞳で残骸を眺めるエロウィン。

吹き抜ける夜風がサラサラの金髪を舞い上げた。そろそろ夜風が身に沁みる季節である。薄着のエロウィンには肌寒いはずだ。

だが、エロウィンは微動だにしない。感覚を失ってしまったのか。それとも感情の昂りが寒さを跳ね除けているのか。いずれにせよ、今のエロウィンにはどうでも良い事だった。


かつての村を呆然と眺めていると、ふと夜風に揺れる物が目についた。

それは自分の家があった付近だ。大黒柱らしき残骸の根元から夜風に吹き上げられている。

エロウィンは不思議と立ち上がり、残骸の中へと足を運んだ。


「これは……!!」


揺れる物体を目にしたエロウィンは目を見開いて驚いた。

残骸の根元に遺体を発見したのだ。

遺体は大量の炭と瓦礫で覆われていたが、わずかな隙間から風が侵入し、遺体の衣服を舞い上げたようだった。

しかも、その衣服の柄に見覚えがある。

エロウィンは無意識のうちに瓦礫を退かしていた。


舞い上がるススが作業を邪魔する。

瓦礫は芯まで炭化していて脆く、持ち上げると手の中で崩れ落ち、作業は遅々として進まない。

夜風の影響で除いた灰が遺体の上に降り積もり、焦るエロウィンを苛立たせた。

それでもエロウィンは手を休めず、休むこと無く残骸と灰を退かし続けること2時間。ようやく遺体を掘り起こすことに成功した。


「やっぱり……」


エロウィンは遺体を前にして身体を震わせた。

瓦礫の中から掘り起こした遺体は全部で3体。

折り重なるようにして倒れており、そのため一番上の遺体は損傷が激しかった。

村を焼き尽くすほどの猛火で炭化しなかったのは奇跡としか言いようがない。

おかげで身元は一目で判別できる。

最大の不幸に見舞われた中での幸運。

エロウィンは神に感謝した。


「父さん……母さん……アルナス……」


エロウィンは両手を合わせて冥福の祈りを捧げた。

強面だが心優しかった薬師の父親。

人当たりが良く面倒見の良かった母親。

そして、エロウィンより2歳年下の美少年で将来を誓い合っていたアルナス。

エロウィンは3人の冥福を祈り、最後まで妻とアルナスを守ろうとした父親の焼け焦げた背を見て号泣した。


翌日、エロウィンは3人を埋葬した。

焼け焦げた村から他の遺体は見つからず、せめて墓だけでもと灰を集め、村人達を弔うことにした。


「こんなことしかできなくて、ごめんよ」


エロウィンは墓石の前で深々と頭を下げた。

今の自分にできるのは墓を作ることだけ。

仇を討ちたいが、誰にやられたのかわからなくてはどうしようもない。


「俺は、無力だ……」


ポツリと呟くと立ち上がり、瓦礫と化した村に背を向けた。

故郷を失い、行く当てはない。これからどうしたら良いのか……。

思わず肩を落としてため息をついた。

その瞬間、なぜかエロウィンは焼け焦げた父親の背中を思い出した。


「父さん……」


情けない自分に自嘲した。フッと肩が軽くなった気がした。

俺には父親に教わった薬師の知識がある。

せっかく生き残ったのだ。クヨクヨしてたら父さんと母さん、アルナスに叱られてしまうじゃないか。

エロウィンは父親が最期に遺した教訓を得たような気がした。


「見ててくれよ、父さん!母さん!アルナス!」


エロウィンは大きく息を吸うと「よしっ!」と頷き、森の中へ足を運んだ。

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