リスタート
文化祭の代休が終わって学校が始まった。3日前、2日前の活発さとは打って変わって、みんなだるそうにしていた。しかし熱気のない教室の中で、僕の心は燃えていた。小説の腕をあげてやる、といった気持ちが強くあらわれており、他の人は何だこいつ、と内心で引いていた。内心で引いたのはもう一つ理由がある。コウタは昼休みにタクミに弟子入りしようと思い、緊張していた。他の教室に入るのでさえ緊張するのに、話したことがない人に弟子入りしにいくのだ。考えただけで心臓がはやくなった。心臓のペースアップを小説への熱気でごまかそうとして、更に顔は赤くなり、顔は険しくなった。一人だけ異質な空気を放つコウタは、気持ち悪いと思われていることに気づかなかった。
昼ごはんを食べ終え1組の教室を出て、3組の教室へ向かった。タクミは最前列の真ん中に座っており、一人で本を読んでいた。この賑やかな教室において一人で読書をするタクミは異質であるが、彼自身に加えて彼の雰囲気は雑草だらけの草むらに生えるタンポポのように、誰の気に障ることもなく存在し調和していた。
「すいません。僕はコウタといいます。タクミさんですか」
人見知りが見知らぬ人に話しかける時、自然と敬語を使う。僕は落ち着いた聞き取りやすい声で話しかけた。おどおどした声で言うと、読書中のコウタが気づかないと思ったからだ。
「そうですよ。僕はタクミです。何の用事ですか」
タクミはおだやかな口調で返事をした。NHKのアナウンサーのような聞き取りやすい、柔らかな声。好印象を残し頭の中で溶ける。
「僕は小説大賞に応募したんです。けど取れませんでした。このまま一人で書き続けても上手になる気がしないです。だからタクミさん、教えてください」
言おうと計画していたことを言って少し頭を下げた。
「そういう話ね。いいよ、今度原稿を持ってきてよ。」
「ありがとうございます。あと、もう1ついいですか。」
「いいよ。どうぞ」
「どうすれば小説が上手く書けるようになるのですか」
タクミは少し悩んで斜め上を見る。実際に唸ってはいないが、うーん、というセリフが似合いそうな姿だった。
「とりあえずはたくさん書くことだよ」
「どれくらい書けばよいのですか」
僕はすかさず質問した。
「上手くなるまで。かな」
コウタは はっとした。気付かぬうちに楽な道を、近道を求めていた。意識のレベルでタクミに負けている、と感じた。
「そうですよね、これから頑張ります。では失礼します」
僕は教室を後にした。
家に帰ってから、下書きを原稿に写す作業を始めた。今日は水曜日だったが今週中に原稿を渡したかったので、2日で原稿写しを終え、金曜日の昼休みに原稿を渡しに3組に行った。
「原稿です。お願いします」
「ありがとう。見させてもらうよ」
タクミは丁寧に言った。会話はそれで終了した。もはや会話と呼べるものではなく、ただの伝達だけれど。僕はもっと話したかったが、遠さを感じて話しかけることができなかった。近いと思ったものは、案外遠いものだ。原始人は、大陸を渡るために船に乗って海に出た。海での生活に疲れ大陸が恋しくなる頃、彼らは大陸を発見した。しかしそれは蜃気楼で、実際には果てしなく遠い。
タクミは原稿の枚数を確認した。
「来週の金曜日に来て。その日に原稿返すから。」
「分かりました」
「あと、敬語は使わなくていいよ。同級生なんだから」
にこやかに優しく言った。
「分かった。 失礼する」
少し戸惑ったが、敬語を使わずに言った。
「じゃあね」
僕は来週の金曜を待たずに次の小説を作り始めた。タクミが言うには量をこなすことが大事だと。その言葉に従って、とにかく書いた。
金曜日、家で、タクミから渡された原稿を見た。とにかく赤が多くて、泣きそうになった。体全体に響く大きな衝撃を、凝縮して、心だけに与えたように、とてつもないダメージを負った。タクミの直しは的確だった。自分の力の無さに絶望的したが、ちゃんと直していけば上達する、そんな希望が持てた。だから落ち込まないで取り組むことにした。
それから2ヶ月が経ち二作目が出来上がった。一作目と目くそ鼻くそであるが、少しは上達したと思う。タクミに見てもらおうと3組に行くと、先客がいた。それは、サヤさんだった。しかし、男女の仲ではないとすぐに分かった。二人を媒介していたのは原稿だった。また、彼女の目は鋭かった。もしかすると彼女もタクミに弟子入りしたのかもしれない。サヤさんは原稿を渡すと、僕の横を通って出ていった。やはり彼女は美しかった。彼女の目は凛としており、僕は思わず目を見てしまった。威風堂堂という言葉が彼女にはふさわしい。そんな彼女はかっこよくて、憧れてしまいそうだ。
「タクミ、また書いたんだけど、見てもらっていい?
」
「いいよ。けどサヤさんの原稿もあるから少し時間がかかるよ」
「見てくれらならいつでもかまわない。さっきのサヤさんも小説を書いてるのか?」
「そうだよ。今回が初めてだけどね」
「そうなのか、分かった。では失礼する」
「じゃあね」
3組から1組に戻った。5時間目の授業が理科室で行われるので、1組の教室にはほとんど人がいなかった。机で準備をしていると、ユウヤが美術室から戻ってきた。
「コウタ遅いじゃん。もう授業が始まるぜ」
「ユウヤも遅いけどな。今日も作品作りか?」
「そうだ、来月に応募するからな。なるべく良いものを作りたいんだ」
二人は教室を出て廊下を小走りする。
「もう12月になるのか」
この1年を振り返ると、四月からの高校生活が印象深い。
「今年も早かったなぁ」
「1日1日は長く感じたが、1年が経つのは早いもんだ」
「俺は毎日があっという間だったけどな」
「僕だって夏休みからは毎日があっという間だったよ」
「それって小説を書き始めたからじゃん、やっぱり書いて良かったんじゃないの?」
「ああ。そう思うよ。特に文化祭以降は充実した日々を過ごせてる」
本気で小説を書き始めてから、世界が違って見える。つまらないと思っていたことも、細かくて普段気にならない所も、実は意味があっておもしろいんだ。新しい発見がある度に、より一層世界が面白くなっていく。
「来年は大賞を取りたいんだろ?」
「取りたいよ。タクミに勝つ自信はないけど、他にもライバルはいるけど、なんとか頑張って取りたい」
「俺は取れないと思うけどな」
ユウヤが笑いながら言った。
「うるさい」
廊下を走った甲斐があって二人は授業に間に合った。
年が明けて1月になった。今年の目標は坂上高校小説大賞を取ることだ。冬休みも遊ばないで小説を書いた。息抜きは読書。本を読むとモチベーションが上がるし、勉強にもなるし、様々な効能がある。そうして小説を書いているうちにタクミの小説が読みたくなった。的確なアドバイスをくれるタクミは、洗練された文章を書いているに違いない。
学校が始まったその日の昼に、冬休みに書いた原稿を渡すため3組に向かった。またしても先客がいた。サヤさんだった。前に見たときは鋭い顔をしてたけど、今日はなんだか嬉しそうだ。おもしろい小説が書けたのかもしれない。僕も負けてられない。彼女は満足気な表情を浮かべて帰っていった。
「また書いたんで、読んでください」
僕は頼んだ。
「いいよ。けど今回も時間がかかるよ。コウタとサヤさんはいつもタイミングが被るなぁ」
タクミは苦笑した。
「サヤさんはいつからここへ来るようになった?」
「9月からだね。彼女が言うには、僕の小説を読んで感激したらしいよ」
タクミは照れながら言った。
「文化祭の後に駐車場で二人が話していたのもその話?」
「そうだよ。あの時はさっさと家に帰って、文化祭の賞品を開けたかったのに、すごいうるさく話しかけてくるから閉口したよ」
「サヤさんって本当にお喋りなのか、見た感じからだと想像がつかない」
彼女への熱は小説への熱に変わっていた。だからタクミとサヤさんが話していても気にならなかった。しかし彼女のことは気になっている。同じようにタクミに師事する身として、彼女に負けたくないと思う。
「話し出したら止まらないタイプだね」
「なるほど」
少し間が空いた。
「タクミの小説を僕も読みたいです」
熱のこもった眼差しでタクミを見た。それはサヤさんと同じ目つきだった。
「いいよ。じゃあ明日持ってくるから」
何も躊躇せずにあっさりと答えた。タクミには文才としてのプライドが感じられない。芸術家ぶったり、他人を卑下することもない、良い性格をしている。性格の部分でもタクミから学ぶことは多い。
「ありがとう。では失礼する」
次の日は、タクミから原稿を貰い、家に帰ってさっそく読み始めた。学校では思う存分読めない、と思い読まなかった。その分読みたい気持ちは高まって、クリスマスプレゼントを待つ子供のように興奮していた。机に着くと原稿を取り出して読みはじめた。最初から物語に引き込まれ、そのまま読みふけった。タクミが指摘する技術が至る所に散りばめられている。読みやすいが、内容が深い。ついに最後の1枚になった。すぐに読み終えた。すごい、同級生なのに。僕が気にしている所、直したい所を全て揃えていた。あと字が流れるようにきれい。かっこいいなぁ、と思った。こんな文章が書けたらどんなに良いことだろう。僕は恋愛小説の主人公に憧れたように、タクミに憧れた。前は何もしなかったけど今度は頑張ろう。遠いけれど、少しずつでいいから、彼に近づこう。そして、また書き始めた。
3ヶ月が経って、僕は2年生になった。クラスが変わってもやることは変わらない。小説大賞を目指して書くことだけだ。タクミがいる限り無理かもしれないが、諦めた終わりだ。いずれはタクミに追いつきたい、抜かしたい。そう思わないで追いつくことも抜かすこともできないのだ。僕は燃えていた。四月の太陽よりも熱く。
2ヶ月が経って6月、タクミのところに行くと思わぬ知らせを受けた。タクミは坂上高校小説大賞に応募しないらしい。出版の話があって、それを引き受けたそうだ。こちらの話にも驚いたがすぐに納得した。品質の良い野菜が一流レストランに運ばれて調理されるように、彼は都会にハンティングされる。今年の小説大賞は、草の生えた雑草同士の戦いになる。彼の1人勝ちはなくなる。そして、多くの人に勝機が訪れる。もちろん僕にも。僕はこの機を逃したくないと思った。必ず大賞を取ってやるんだ。再び決意した。
残り3ヶ月で今までの集大成を作り上げる。自分の持てる技術と知識を総動員して作る。そうして、8月の初めに一応完成した。今まで書いたの5つの小説よりもよくできた。これをユウヤに見てもらい、意見を貰った。ユウヤは忙しかったが合間を縫って読んでくれた。本当にありがたい。ユウヤの意見を参考に推敲を重ねて、集大成と呼べるものが出来上がった。




