決意とスタート
放課後、文芸部の部室に向かう。歩いている時、自分は何をしているんだろう、と思った。実用性は低いがユーモアのある発明をする科学者は、思い直ったりしないのだろうか。始めたからにはやり遂げなければ、と思うのかもしれない。僕も引き返す気はなかった。
最悪の状況を想定し、扉を開けた。中には一人の女子部員だけで、他は誰もいなかった。
棒立ちする来訪者を見て、原稿に書いていた女子部員が話しかけた。
「どうしたんですか?」
この人は部活見学のとき僕を無視した人だ。その件は置いといて、他に聞きたいことはたくさんある。
「部活はいつも少人数なんですか?」
「そうですよ。毎週月曜日に集まるだけで、あとは自由です」
女子部員は丁寧な口調で話す。
「今年の一年生に文才がいるってきいたのですが」
「いますよ。タクミくんのことですね。」
「タクミくんって部活見学の時、モテモテだった人ですか?」
「モテモテというか、私達が色々質問したんですよ。タクミくんの受け答えも良かったから、そう見えたのかもしれませんね」
「僕も部活見学に行ったんですよ」
「そうなんですか?覚えてないですが」
心の中で嘆いた。
「黒髪が印象的な一年生の女子は入部していますか?」
「それだけじゃ、分かりません。他に特徴を言ってください」
「ええーと、とても綺麗です」
「はい?」
「あっ……」
自分の発言に気づくと恥ずかしくなった。
「姿勢が良くて、瞳がきれいです。」
「この前部活見学に来た女子生徒がいました。たしか、名前はサヤさん。彼女は姿勢が良くて、瞳もきれいでした。お喋りなのは意外でしたが。」
「サヤさんは入部してないんですか?」
「そうですよ。活動内容が書く事だと伝えたら、入らないって言い出して。彼女、本が好きなのに、読むだけで書こうとはしませんでした」
「そうなんですか。」
「ええ。だから無理に止めませんでした。書きたくなったらいつでも文芸部に入ってください、とは言いましたが」
文芸部は部員が多くない。廃部にはならないだろうけど、部員は多いほうが楽しいだろう。
「ところでそのポスターは何ですか」
僕は少し右に寄って左の壁にあるポスターを見た。
「これは坂上高校の小説大賞のビラですよ。文芸部に限らず坂上高校生なら誰でも応募できるんです。ちなみに去年は" 図書館の主"と呼ばれた人が受賞しました。残念ながら文芸部ではありません」
「先輩と応募したんですか」
「もちろんしましたよ。去年は取れなかったです。今年こそ取りたいと思ってますが、タクミくんがいたら無理かもしれません」
あいつは凄いのか?書いたこともないし、良く分からない。ただ、タクミをあまり認めたくはない。
「時間をとってすいませんでした。では失礼します」
お辞儀をして部室を出た。
駐輪場に着くと、偶然ユウヤと居合わせた。
「よっコウタ、久しぶりに一緒に帰ろうぜ」
「お前にしては帰るのがはやいな。部活はもう終わったのか」
「今日は耳鼻科に行くんだ。鼻水が滝のようにでやがるんでね」
「そりゃ大変だ。治した方がいい。滝のように出ては教室がお前の鼻水で埋まってしまう」
「気持ち悪いこと考えるんじゃねぇ。そういやお前、なんで文芸部に入らなかったのさ?」
二人は駐輪場から自転車をおして歩いて学校を出た。
「一年にタクミって奴がいるんだけど、そいつが気に食わなくて」
「何それ、お前らしくないなぁ。周りの誰かを気にするような奴じゃないのに」
「あいつは特別なんだ。それに週一回しか部活がないんだ。入らなくても変わらないよ」
「お前の好きな黒髪さんは?」
「あんまりからかわないでくれ。彼女は結局入部していない」
「それでお前も入部しなかったのか。分かりやすいな」
「そんなことはない。彼女が入部しても僕は入部しなかっかもしれない」
「かもってなんだよ。そういや、この前部室で文化祭のパンフレット見たんだけど、小説大賞ってのがあったぞ」
「知ってる。さっき見た」
「どこで見たんだよ。まぁいいや、お前出てみたら?」
「書いてみたいと思ったことはある。けど書ける気がしない」
「まぁ出るだけ出ればいいのさ。とりあえず書いてみればいい。上手いか下手かは書いてみなきゃわからん。箱の中の猫が生きているかどうかは箱を開けないと分からん」
「シュレティンガーの猫は50%だ。僕はもっと低い」
「お前の場合はやればやるだけ可能性も上がるだろう。とにかく始めることが肝心だ。お前の文章で黒髪さんが振り向くかもしれないぞ」
「ありえない」
「それもやってみなきゃわからないぞ」
「うぬぬ」
「さぁ、どうする?」
悩んだあげく、僕は書いてみることにした。書いても減るもんじゃないし。あと、ユウヤの問い詰めがめんどくさかったのも理由である。
「書いてみる」
「おお、がんばれ!がんばれ!」
コイツは適当な男だな、と僕は思った。
自転車を20分こいで二人は別れた。四月の上旬、初夏の風が包み、沈まなくなった太陽がこの町を照りつける。
その日から小説を勉強し始めた。やってみると楽しかった。
三ヶ月が経って、夏休みに入ろうとしていた頃。草や木が生い茂り、真っ緑と言うほど鮮明な色をしている。太陽の強い光に当てられて、あらゆる物が、青空や山やコンクリートの道路が、はっきりと力強い。絵の具をそのまま使ったように濃く太い色をしている。
学校では文化祭の話し合いが行われていた。僕は参加しないので、パンフレットを見ていた。そのパンフレットは去年のもので、クラス全体で回されていた。最後には端の席で止まるのだが、端の席は僕だったから、僕のところでパンフレットが残った。潰しきれない暇を持っていた僕にとって、このパンフレットとの出会いは幸運だった。
次の日は終業式だった。明日から夏休み。暑い季節に奪われたエネルギーを一日で取り戻したような変化が見られた。疲れて気だるかった雰囲気が活気に溢れた。浮き足立つついでに口も軽くなっている。
掃除中、ユウヤが僕に話しかけた。
「なぁ、このポスター見たか?」
ユウヤは教室の後ろに貼ってあるポスターに手を向ける。
「初めて見た。これが今年の坂上大賞か。」
「もちろん応募するんだろ?」
「いや。考えて無かった」
「応募せねば。って思ってるのかと思った」
「お前がまた俺に迫ってくるとは思わなかった」
「俺はお前の為を思って言ってるんだ。素直にやってみても良いと思うぞ」
「応募できるほどの腕がないから無理」
「やるだけやればいいのよ。下手でも。一生に一度の高一の夏休み、有意義に使わなきゃもったいない」
「じゃあお前は何をするんだ」
「それが、ずっと文化祭の手伝いなんだよね。泣ける」
「だからお前も頑張れと?」
「そういうことだ。頑張るのが一番だぞ。」
といって坂上小説大賞のエントリーシートに僕の名前を書き始めた。
「おい、何してる」
少し荒ぶった声で言った。その時にエントリーシートを覗くと、審査員の名前が載ってあった。先生の名前に加えて生徒の名前は三名。各学年に一人づつ。一年生はサヤさんだった。
「えっ」
けっこう驚いた。ハガレンの作者の荒川弘が女性だと知った時くらいに。「お前の小説はサヤさんに読まれるんだ。ホラ、頑張るのが一番だぞ。良い小説を書かないとな」
そう言って走って職員室に向かっていった。追わなければいけないが、追う気になれなかった。
ユウヤは戻るとすぐにコウタに話しかけた。
「さっき、サヤさんに会った。コウタの小説楽しみにしてるだってさ」
「はぁ?嘘つくなよ」
照れて顔が赤くなる。ウブな青年だからしょうがない。
「バレたか。でも小説を楽しみにしてるのはホントだと思うぞ」
「それも、そうか。言われてみれば」
サヤさんも審査員になったからには面白い小説が読みたいに決まってる。
「こんなチャンス二度とないかもしれないぜ」
「そうだな。やってみる」
僕の心は少し燃えていた。太陽ほどではないけれど。
学校が終わって真夏の日中にペダルをこいで家に帰った。
図書館で借りたhow to本で、小説の書き方を学んだ僕は、応募要項に合う小説を作り始めた。締切の九月一日に間に合うように夏休みを小説作りに費やした。




