去年より
去年起こったできごと。
僕の告白から始まる、初めの序章です。
綴喜涙は、可愛らしい少女だ。
端的な感想だ。まあこれは、僕一人の、完全なる個人の感想である。
学校という小さな社会での評価はどうなのか分からない。
はたから見れば。
超絶的な美少女だったのかも。
恋愛対象にはならない少女だったのかも。
どうでもいい存在だったのかも。
僕にとっては……いや、最初に「可愛らしい」と述べた僕なのだ。
答えは決まっている。そうに決まっている。
ただ彼女は、どこか遠い存在だったのかも。
いつも笑顔で、それが可愛らしい。
なんだか、彼女のことを何度も褒めちぎっているな。
うわぁ、僕、気持ち悪いな……
*
「あのさあ、それを何でアタシに相談したの?」
そんな反応すると思っていた。
人を突き放す口調には、姉の尖った態度には、毎回滅入ってしまう。
昼音という、能天気そうで、温和そうな名前とは重ならない。
氷という僕の名前のほうが、彼女の型にはまっている気がする。
決して侮蔑ではないけれど。
「自分で気持ち悪いって言ってるように、その涙ちゃんのことを何度も何度も何度も何度も『可愛らしい』と表現してるけど、それって、遠回しにその娘のことを好きなんだって伝えてんの?」
全ッ然遠回しじゃないけどさ、と付け加えた。
そんなに何度も「何度も」を言わなくても……
「まあ、うん。そう、僕はその娘が――綴喜涙が好きなんだ。友達として、とかじゃなくて、恋愛的な意味で好きなんだ」
「ていうか、友達ではあるの?」
口ぶりでは、そうなっていたようだ。
的を外れてはいない。
むしろ中心を射抜いている。
「うん。一応はそう……なのかな」
中学校に進級してからだった。
1年2組に割り振られて、初めて会った。
どういうきっかけがあったのかは記憶していない。
何があって、あまり異性との会話ができない僕が彼女と会話をするようになったのだろう。
「……いつの間にか、なんとなく」
「うやむやね。まあそこはいいけど……」
確かにどうでもいい。
簡単にあしらわれた気がして、ちょっとだけ腹立たしい。
たとえ弟の相談であっても、昼音にとっては他人事なのだ。
「で、あんたはどうしたいの?」
「どう……」
「つ・ま・り! 告白するとか!」
流石。百戦錬磨の昼音姉さんだ。
「まあ他にも選択肢はあるんだろうけど。見守るとか、永遠の友達とか、嫌われる覚悟で特攻に出るとか」
遠回しな表現。
「とりあえず4つ出してみたけどね。こっからはもしもの話だから。この中だったらどれ選ぶ?」
とりあえず最後のは有り得ないというか、論外だった。
3択。
どうしようか?
これのどれかを選んだところでどうということはないけれど。
「見守る」は、なんだかストーカーっぽい。
これも除外して。
…………
「告白」
「えっ……以外だわ」
確かに、心底意外そうな顔をしている。
「ていうか、できるの? 氷」
「まあ、自信ないんだけど」
「自信って言うか、もしかして……これ、特攻じゃない?」
「ンなこと言うなよ。縁起でもない……」
「ふ~ん。男の娘の恋愛ねぇ」
「ハア!?」
「ハア!? もなにも、あんた、男の娘でしょ」
「男の子ではあっても『娘』ではないよ!」
「そうなの? そんな可愛らしい顔しといてぇー。アンタが小学校入ったときとかさあ。ホンっと、妹だと思ったもん!」
とんでもないことを言ってくれる。
「髪伸ばしなよぉ」
「嫌すぎる!」
「メイド服とか、ミニスカとか似合いそうだけどねえ」
「誰が得するんだよ!」
「アタシは得するよ? もう、朝起きて目の前にアンタのメイド姿写真があったら、癒やされるわ萌えるわ蕩れるわで……」
「いやゴメン、もう姉ちゃんが何を言っているのかわからない。最後の言葉は根本が分からない……!」
ていうか、もしも――何かの間違いで、神様のいたずらでそんなのを着たら――着てしまったら、僕の恋愛は完全に終わるじゃないか!
なんだかすでに、僕の恋愛に関する相談がうやむやになってしまっている。
とりあえず話を戻そう。
「で、告白の相談。どんな感じで――どんな言葉で告白すればいいのかな?」
「ハア? ンなの自分で考えなさいよ」
僕のメイド姿を想像していて(止めてください)、緩んでいた表情が裏返った。
氷で冷やしたみたいに、冷たい表情で僕に言い放った。
「だから、考えた結果、姉ちゃんに助けを求めてるんだよ」
幾度と無く想いを告げられ、ほとんどを吹っ切り、現在においてもモテにモテまくる姉ちゃんにね。
「無理だね。確かにアタシは、何度も告られたけれども、男心なんて知らないし、中学生の時のトキメキなんて憶えてない。だから何も言えないよ。自分で考えな」
「いや、でも……」
「あ~じれったい! 自信ないんだったら、自分のありったけの想いを言って、それでダメだったら諦めろ。高校進んでから新しい恋見つけろ! それも駄目だったら合コンでも行け!」
うわ男らしい!
残念なことに、僕よりも男らしい……
「氷? ちょっと……お~い」
「……あ、ゴメン、何だって」
相談をした翌日だ。
いつもどおり、綴喜との会話だ。
「だからさ、明日、クラスで打ち上げやるって言ってて、氷も来るのかって」
そういえば、そんなことを言っていた。カラオケで行うらしい。
歌か……
音痴ではないと思うのだが、特別上手でもない。
「ああ……うん、行く。どうせ暇だし」
「曲」
「え?」
「どんな曲歌うの?」
「ん~ベタなのばっかりだな……天体観測とか、キセキとか」
「お~」
「ていうか、順番回ってくンのかな」
「夜9時までやるらしいから大丈夫でしょ」
「そっか……」
僕は別に、綿密な計画を立てていたわけではない。
ただ、人気のすくない場所で言うのだ。
それだけだ。
今は、冬休みだ。
誰もいない教室、だ。
両者、部活動の休憩時間に、この教室に来た。
奇跡的に、両者が忘れ物をしていた。
今なら、言えるんじゃないかな。
少し、雰囲気に欠ける感もあるけれど。
静かで、自分と綴喜しかいない。
「あのさ……」
「ん?」
「綴喜って今、付き合ってる人いるの?」
予想よりも、口調は落ち着いていた。
ぐちゃぐちゃに混乱している心模様とは裏腹、冷静な口ぶりの自分に驚いた。
「いない……けど、うん、いない」
むしろ、綴喜の喋り方が、いつもよりも焦っている。
「そうなんだ。じゃあ好きな人とかは?」
いや、もっと計画を立てて、作為的な告白をするべきだったのかも知れない。
「いない、けど」
「ふーん……」
「なにその反応、ていうか、なんでそんなこと訊くの?」
「…………」
「あの……」
「僕と――」
「……!」
「僕と付き合ってください」
自分でも驚くほど、その言葉は素直に出た。
直球の台詞だ。敬語になっていたけれど。
比喩も遠回しな表現も、なにもない。
綴喜の女心も、考えていない。
もしもこの後に断られれば、気まずい雰囲気になる。
でも、もう、投げやりだった。
「いいよ」
「!!」
「でも――」
え? でも……
「1年間」
「1年?」
「1年間。365日だけ。それまで」
「それまで、交際するってことか?」
「そう……そうだよ」
当然、僕は予想していなかった。
期限つきの交際。
知人に聞いた話の中にも、ないケースだ。
「理由は教えてくれるのか?」
「ゴメン……今はまだ」
「…………」
「それでもいいなら……付き合います」
これはもしや、嫌なのだろうか。
僕との交際が嫌なのだろうか。
だから期限つきなのだろうか。
レンタルみたいな感じだな。
綴喜が、断りきれない、遠慮がちな娘には見えないけれど。
それなら、辞退するべきなのかも……
でも……
「で、付き合うことにしたわけ?」
「うん……」
「何だそりゃ。面白いケースだねえ期限つきって。レンタルビデオみたいね」
同じ例えをしていた。
「まさか、そこで『据え膳喰わぬは』とか思っちゃったの」
「そういうわけじゃないけど、でも……いや、そうなのかも」
後味が悪いのは否めなかった。
ゲームをクリアできたけれど、大切な中間を失った。
下手な例えだけれど、そのようなものなのだ。
「来年の元旦――つまり明後日から開始……それで、初詣が初デートなわけ? うわぁ、変わってるわー」
それは承知だ。それも承知だ。
「ま、いいんじゃない。付き合えたなら。良かったじゃない」
「やめてよ、そういうの。なんか、素直に喜べないんだよ」
「素直じゃなくても、ちょっとくらいなら喜びな。人生初のカノジョでしょ。なら快挙じゃない!」
まあそれはいいとして。
来年の大晦日には、別れるわけだ。
なら、後悔しないようにしなければ。
理由が気になるのは当然で、詮索したい気分なのだけれど。
それでも今は、昼音の言う通り、喜ぼう。
それと、明日の打ち上げでの、綴喜への接し方にも気をつけなければいけないよな。