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Ⅳ , 命と記憶
男が言うには,俺は記憶の一部を除き持っておらず,男は命を持っていないということだった。
確かに俺は昔のことが思い出せない。名前もだ。それは納得できる。
だが命を持っていないとはどういうことなのだろうか。だとしたら俺の目の前に立っているこの男は一体何なのだろうか。
そのことについて,男は何も言わなかった。
代わりに,男は忠告を与えた。
「お前の記憶に泣く女がいるはずだ。その女とは絶対に接触するな。どんな理由があってもだ。いいな」
「何故?」
「俺がお前に言えることには制限がある。だから今はお前に自分の名前を教えることも出来ない。自分で探すしかないんだ」
「自分の名前を探すって,どうやって?」
すると男は俺の両肩に手を置き,こう言った。
「今からお前は元の世界へ戻る。そこで探すんだ」
その時,急に視界がガクンと落ちた。水に沈み始めたのだ。呼吸が出来ず,どんどん苦しくなっていく。
沈み行く中,男の声がもう一度だけ聞こえた。
(いいか!泣く女に気をつけろ!)
そこで俺は再び意識を失った。