五話
悠一は、てん子の目をしっかりと見て聞いた。
「……試すため、かな」
てん子はそう言った。そして、悠一の持っている本を指差す。
「答えは、その中」
全く意味が分からず呆然としている悠一の手を振りほどき、てん子はその場を去った。
「この本の……なか?」
悠一は本を開けようとした。が、周りで悲鳴が聞こえた。
「誰かが雷に打たれたぞ!」
「しかも、たくさんの人数じゃないか! 急いで救急車!!」
どんどんと野次馬は増えていっている。悠一は家に帰ってから読むことにした。
遠回りをして、家についた。
「悠一お帰り!」
玄関には母親がいて、いきなり抱きしめてきた。
「どうしたんだよ」
「だって、あなたの帰り道で雷に打たれた生徒がたくさんいたってニュース速報で流れてて……学校に電話しても、皆同じ気持ちでかけているから全然つながらなかったのよ」
「俺は大丈夫。だから、もうはなして」
悠一は親に微笑んで言った。母親だけだ、俺の事を考えてくれているのは。
そう思いながら、部屋の鍵を閉める。
「前見たとき真っ白だったのに、今更何も載っているわけ……!」
ページをめくると、一枚目からなんと文字が刻まれていたのだ。とても文が小さく長かったので、悠一はベットに寝ころびながらゆっくりと読み進めることにした。
タイトルは『笠地蔵』と言うだけあって、前半は、悠一の知っている笠地蔵の話だった。
所どころ飛ばして読んでいると、地蔵の話が載ったいた。
「呪いの地蔵…………!」
悠一は、頭の中に一体の地蔵の事を思い出したのだ。
「あれが、呪いの地蔵だったのか? でも、なんで……」
すると、おばあさんがはなしていたことも本に書いてあった。
「あれは、本当の話だったんだ……!!」
どんどんページを進めると、『とある狐の話』と書いているページを見つけた。悠一は、目をこらして読み始めた。
呪いの地蔵が出来てから数年。一匹の、不思議な姿をした狐が地蔵の前で止まった。
「お腹すいたし、寒いですねぇ……お地蔵様。何か食べるものありますか? ってはなしかけても、お返事はもらえないな……」
その狐は、『天孤』と呼ばれる狐の神様だった。
狐が、千年生きると尻尾が八つに分かれ、神へと変わるのだ。
だが、神様でも腹が減る。
地蔵にかけられていた、紫色のほっかむりが風で揺れた時、地蔵は天孤に答えた。
『何も持っていません……』
「わ! 最近のお地蔵さまって、はなせるの?!」
天孤はひどく驚いた。お腹がすいていたのも忘れ、飛び跳ねた始末だ。
『私だけ、特別なようなのです……』
地蔵は本当に悲しそうに言った。
「どうして、そんなに悲しい顔をしているんですか? 私でよければ、力になりますが……」
『人を信じられなくなりました。どうしても、人間が許せない……』
地蔵はそう言い、いままでのいきさつをすべて話した。
「……じゃあ、私と一緒に人間に『仕返し』しませんか?」
天孤は少し考えた後、地蔵にそう言った。目が三日月のようにつりあがっている。
『え……?』
「私もここ何千年に来ているんですけど、色々あってねぇ……聞いて頂けますか、私の生涯」
天孤は語りだした。よっぽど話好きなのだろう。
まだ私が狐だった頃、私が住みこんでいた神社に火をつけた人がいましてね。
その時、私には家族がいました。皆で逃げようとしましたが、やっぱり火が怖くてね。全員で丸くなって息絶えるまでねばりました。誰かが、助けてくれるのを待って――
でも、世の中ってひどいもので。
まず、私の旦那が息絶えてしまいました。私の子供は泣いて泣いて――その時、煙をたくさん吸ってしまったのでしょう。旦那を追うようにすぐに死にました。
なんて人間だ。私の家族を……許せない!
そう思っていても、どんどん体の感覚は鈍っていきました。
あぁ、私死ぬんだな……そう思ったとき。
ここからですよ、私の生き方が変わったのは。
どこからか声が聞こえたのです。
『生き延びたいですか?』
って。誰だったかはわからなかったけど、多分『人』だったはず。もうそのときには大分煙も吸っていて、意識も朦朧としてたからよく覚えてないんですよ。
しかも、千年前の話ですし。
私は力強くうなづいた。その場から助けてくれる人がいた、すぐに手当てをしたら、家族も助かるかもしれないと思って。すると、私に手をかざして、
『あなたに、僕の力を少しあげましょう』
そう言ったんですよ。その瞬間、私の体が青色に光った。
ビックリして目をつぶり……気づいたらその人もいなくて。
それ以来、私は死ななくなった。いや、死ねなくなったんですよ。
高いところから飛び降りても見たんですけど、全然無傷で着地。
家族のいない毎日は、辛かったんですけどね。
「……とまぁ、なんだかんだいってもう二千と三百年くらい生きていますけどね」
『そうだったのですか……なぜ、私を助けようとした?』
「あぁ、本題を言ってなかったですね。これは失礼」
私は、色々な人を見てきました。
自分の権力を使って威張り散らす人。
絶対にばれないように、いやがらせをする人。
本人がいないところで、悪口を言う人。
千年以上経っても、誰一人完璧にいいひとなんていませんでした。
「人間って、本当に必要なんでしょうか?」
『私は、要らないと思う』
地蔵は力強く言った。
「だから、私はいろんな人間を『試そう』と思っているのです」
『試す?』
人間に、あなたの能力を使えるようにするのです。いつでも、いかなる時でも人を殺せる。しかも、完全犯罪。そんな本を私がつくって、その本に念じるだけで願いが叶う。
一回でも使った人は、この世に必要ない『人間』、あとから始末する。
そうしていけば、平和な世界が作れるのではないかと私は思ったのです。
「どうですか? お地蔵様」
『……私は、ここから動けないし、念だって込められる自身がない』
「大丈夫ですよ」
天孤は即答し、九尾の尻尾を大きく広げた。
「あなたの『魂』を、私の体に取り込んであげればいいのです!」
『え?!』
地蔵は、石から自分が離れていくような感覚がした。フワッと、そんな感じだ。
「これで、一心同体。後は化ければいいだけです」
天孤はニコッと笑い、宙を一回転した。
そこには、とても可愛らしい少女が現れた。尻尾も耳も丸見えだが。
「耳は……これ、しばらく借りますね。すぐ見えなくなると思うけど」
地蔵の頭から――もうこれは、ただの石だ――紫色の、ほっかむりを外して天孤の頭に巻いた。
「気分はどうですか?」
――よく分からないが、悪くはない……
「そう。それならいいです。あなたの能力を発動する時は、ちゃんと意識を変えますから寝てていいですよ」
こうして、人間を信じられない天孤と地蔵の復讐が始まったのだ……
「……ちょっと待てよ」
悠一の頭はフル回転し始めた。何か心当たりがあるのだろう。
「『てん子』って……『天孤』だったのか?!」
それしか考えようがない。不思議な能力を持っている少女が天孤で、人を殺す事が出来る地蔵の意思まで持っていれば全てのつじつまが合う。
「じゃあ、俺はもう人を何人も殺しているから……あのおばあさんから聞いたように、し、死ぬのか……?!」
――いいや……これを、二度と使わなければいいのか。使わなければ、天孤は……現れない!
確信した悠一は、本をひきだしの一番奥へと入れた。
これで、終わったんだ。もう、人に死ねなんて考えなくちゃいいんだ。改心しないと……そうすれば、あのお地蔵さまも天孤も、許してくれるはずだ――
「くっくっく。甘いよ、悠一くん。私たちが、どれだけの人をだましてきたんだと思っているのさ」
天孤はあの村で、耳を悠一の家に傾けながら聞いていた――その距離、約二十キロ。
「これで終われば悠一くんの勝ちでハッピーエンド。でも、本当にそうなるのかなぁ……?!」