四話
あのあと、悠一は何事もなく一日を過ごした。
修学旅行の次の日は休みと決まっているため、絶対に本を読もうと決めていたのだ。
「こういう結末か……」
推理小説を一人で楽しんでいると、窓からノックの音が聞こえた。
悠一の家は平屋で、とても古い構造をしていたため、初めは風の音だと思った。だが、その音は悠一に気づいてほしいかのように大きくなっていく。
「なんだ? ……あ!!」
窓の外をみると、そこには遠い村にいた少女が、手を振っていた。悠一は大きな音を立てながら窓をあけ、声をかけた。
「なんで……ここにいるんだ?」
「え、だってお願いしたでしょ? 願いをかなえた証拠を持ってきたの」
少女はニコリと笑い、悠一に向かって封筒を投げた――かなり分厚い。何枚もの紙が入っているようだ。
「これは?」
「開けたら分かるから。じゃあ、また気が向いたら呼んでね」
「待って。名前、なんて呼べばいい?」
いままで聞こうと思って聞けなかったこと。少女は少し迷った様子で、
「どっちの方がいいのかな……」
と言った。少女は悠一に聞かれないように言ったらしいが、悠一は人一倍耳が良い。しっかりと聞き取れたのだ。
「何個も、名前があるのか?」
「まぁね。私はてん子。そう呼んでくれればいいよ。じゃあ」
てん子はそう言った後、静かに悠一の家を去った。
「てん子、か……そういえば、何が入っているんだろう……」
悠一は不思議に思いながらも窓を閉め、封筒の中身を見た。
封筒の中には、何十枚もの写真が入っていた。
写っていたのは……
「こ、浩二……」
状況がはっきり分かるくらい、何枚も連写されている浩二の写真。
地震が起きて、しゃがみ込む。
地割れの間に引きずり込まれる姿まで写っている。
浩二の顔は青ざめていて、とても恐ろしい形相になっていた。
「あ、あ、ありえねぇよな……」
悠一は写真を部屋の隅に投げた。そして、急いでテレビをつける。
――こんな大きな地震が起きているなら、ニュースが出ているはず。昨日、一回も地震なんて起きてない。これはきっと……あの子の過ぎた悪戯に決まっている!
テレビをつけると、丁度ニュース番組だった。
あまり見たことのないアナウンサーが、下に置いている紙を時々見ながら淡々と話す。
『昨夜六時頃、一部の地域だけの大きな地震が起きました。建物などの破損はありませんでしたが、中学生の井上浩二君が地割れの間に入り込んでしまい、今日の朝死亡が確認されました……』
「…………」
自分が願ったことでも、いざそうなると言葉が出て来なかった。
本当に、浩二が死んだ……
「あっ」
――てん子は『願いをかなえた』と言って俺の前に現れた。と言うことは、これはてん子がこの地震を発生させたのか?! でも、どうやって……
悠一は、何が何だか分からなかった。
てんこの正体や、謎の本。真実が見つからない。
迷っているうちに、母親から声がかかった。
「ご飯よ!!」
「……今行く」
悠一は立ちあがった。
別に、怖がることない――俺が、自分で決めたことだ。
その時の悠一の目は、自信があふれている目だった。
――そうだよ。俺は、殺そうと思った人物を簡単に殺す事の出来る能力を得たんだ! 恐れる事なんて、なくなったんだ!!
急に足取りが軽くなった。
悠一は小さな鼻歌を歌いながら――てん子にもらった写真をすべて、ゴミ箱に捨てた。
☆
次の日から、悠一の生活は一変した。
全てに対して自身を持てるようになり、成績もかなり向上した。
「悠一、最近頑張っているな。なにかあったのか?」
「いえ、特に何もないです」
「そうか。まぁ、これからも頑張れ。応援しているぞ」
先生は悠一の肩をポンポンと叩いて笑った。
だが、勉強面ではよくなったものの、友達関係は前より少し悪くなった。
悠一を虐めていたメンバーが、悠一が勉強の成績が上がったのが面白くなく、筆記用具などがよく無くなるようになった。
「ん……ない」
ある日、席に着くと、筆箱自体がなくなっていた。
――俺が反撃しないから、エスカレートしてきたな……
大体の予想はついていた。悠一は一番あやしい男子の前に立った。
「俺の筆箱、返せ」
「なんのこと言ってるんだよ。証拠はあるのか?」
いつもはここであきらめるが、悠一はその男子の耳元で囁いた。
「マジで返してくれないと、殺す」
その男子は、鼻で笑った。絶対に信じていないぞ、そんな目で、
「出来るなら、やってみろよ。今ここで」
「……」
悠一は自分の席に戻って――あの本を、とりだした。
浩二を殺してから、一度も使わないで一ヶ月経っているが……大丈夫かな。
そう思いながら、念を込めた。
――俺の物を奪ったやつ全員、死んでしまえ!!
晴れていた空が、だんだんと雲が集まって暗くなった。
「雨が降ってきた!!」
女子が、友達同士と「わー、どうしよう。傘持ってない!」などと騒ぎだした。
突然、ゴロゴロを音を立てて雷が鳴った。
すると先生が教室に入ってきて、
「帰りのホームルームの時間は無くなったぞ。雷がすごくなってきたから、早めに帰るようにと校長先生がおっしゃっていた。皆、帰る支度始めろ」
「ラッキー!」
皆は楽しそうに話しながら、机の中に入っている道具をリュックにしまいはじめた。
悠一の頭に、何かがぶつかった――紙が、くしゃくしゃに丸められている。
中を開くと……
『結局、お前には何もできねぇよ』
そう書かれていた。
――どうなったって、知らないからな……
悠一はもう一度紙を丸め、教室のゴミ箱に捨てた。
「あー……ひどくなってきた」
悠一は学校の校門を出て、上を見上げた。
雷の音は止まなかった。それどころか、ますます近くなってきている。
遠くの方に見えるのは、あの男子達。
耳が良い悠一には、彼らの声が聞こえた。
「あいつ、まじ切れて俺たちのことを殺すって言ってたぞ」
「頭いかれてんだよ、きっと」
そんな内容だった。
悠一は、持っている本をますます強く握りしめた。
すると、その手を解くように誰かが悠一に手に触った。
「あっ」
「悠一くん、またお願いしたね」
てん子が、少しだけ悲しそうな顔をして言った。
「あぁ、そうさ。俺は……」
すると、てん子は悠一の言葉をさえぎるように言った。
「言わなくても大丈夫だよ。ほら、見てて。あと十秒したら、彼らはこの世から消えるから」
「え?」
十秒と言うものは、本当にあっと言う間だった。
雷が、大きな音を立てて彼らの頭の上に直撃した。
彼らは悲鳴を上げる暇もなく、アニメのように真っ黒焦げになった。
悠一は、口をパクパクさせた。
何が起きたか、理解しがたかった。
「ね?」
「きゅ、救急車を……」
「もう遅いよ。今頃、内臓までまっ黒だよ?」
てんこはまったく悪びれずに、そう言った。
「じゃあ、またね」
てん子はクルリと後ろを向き、帰ろうとした。
「待って」
悠一はてん子の手首をつかんだ――とても、冷たかった。
「なんで、俺の願いを叶えてくれるの?」
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