三話
二人が帰ってきたあと、村はずれまで買い物に行っていたおじいさんも帰ってきた。はじめは悠一達を見て驚いていたが、おばあさんが事情を説明すると、ニコリと笑って対応してくれた。
ご飯をご馳走になったあと、しばらくは囲炉裏に集まり、皆で話し始めた。
「何もねぇ村で申しわけねぇなぁ」
おじいさんは頭をポリポリと掻いて悠一たちに話しかけた。
「いえ、私たちの方がお邪魔になると言うのに……今日は本当に有難うございます」
リーダーは、きちんと敬語を使って答える。すると、横から小突かれた――つまらなそうな顔をしている男子の顔が写った。
「暇だな……もう俺寝るわ」
「まじかよ」
「だって、このメンバーじゃ夜乗り切ってもおもしれぇ事無いし。んじゃ、おやすみ」
「ま、待てよ。俺も寝る」
おばあさんに寝る部屋をつくってもらい、いそいそと寝る準備をする。リーダーは、別室だ。
だからって、興奮して寝れるもんじゃないけどな。
悠一は、そう思いながらも、荷物の一番下にあの本を入れてから布団にもぐった。
外の雪は、しんしんと積もっている。もう、吹き荒れる心配はなさそうだ。きっと明日には、この村を出ることになる。
そういえば、この村の中でしか効果はないのか?
悠一はそんなことを思った。それだったら、意味がない。それに関しては本に全くのっていないので、調べようがないが。
ながい間歩いた疲れが一気に眠気を誘い、悠一はわずか5分くらいで眠りについた。
よっせっせ。よっせっせ。 おじいさんの家はどこだ? かさのお礼を持ってきた……
現代の人にはなにを授けよう?
壊された五人の地蔵の魂は、人を殺める力がある。
何回でも使える、強力な力。
でも、人間はそんな殺し合いはしてはいけない。
これを使うような人は、その人の魂を奪ってしまえ……
紫色のほっかむりをかけた少女が、一人で楽しそうに呟いている。意味不明の言葉が、彼女の口から漏れる。
夜は、誰も外にいない。気を使わないで歩けるのがとても楽しいらしい。
「悠一くんは……ここだ」
悠一が泊っている家の前で、少女が足を止めた。
すると、雲の隙間から見えている三日月と同じ様な笑顔をつくった。もう少しすると、口元が裂けてしまいそうだ。
「くっくっく……あの本、使うかな? 使わないかな?」
少女はつい興奮してしまい、頭からあるものがはみだしそうになった。
「おっとっと。いくら夜でも、ダメだよね」
少女は上を見上げた。月はまた消え、黒い雲が村中をおおってた。
「お地蔵様。今日も私はあなたのために頑張りましたよ……」
悠一の家の前でパンパンと手を叩き、少女は森の中に姿を消した。
次の日、悠一は太陽が昇ろうとするときに目覚めた。
「ん……朝かぁ……」
大きく伸びをして、隣の男子を見る――全く起きそうにない雰囲気だ。起こすのは後でいいと判断した悠一は、床の間へと足を運んだ。
「冷たっ!」
床は、もちろんのことヒーターが入っていない。裸足だったことを後悔しても遅かった。
靴下は、持ち物のバックの中。きっと床より冷たくなっていているだろう。
「あら、早いのねぇ」
床の間には、あったかそうなちゃんちゃんこを着たおばあさんがお茶を飲んでいた。真ん中にある鍋は、コトコトと音を立てている。何かを作っているのだろう。
「お早うございます」
「元気だねぇ。寒いだろう、ここで温まりなさい」
おばあさんが手招きしたので、悠一は素直に座布団の上に座った。
「今日はよく眠れたかい?」
「はい。……あの話の続き……」
「……私は朝から不吉なこと、言いたくないよ」
おばあさんはそういって、鍋の蓋を開けた。
鍋の中からは、大量な湯気と美味しそうな匂いが溢れでてきた。
「ほら、よそってあげるから二人を起こして来なさい」
「は、はい!」
怒一は立ち上がった。
――そんなにあの話の続きをしたくないのか……
悠一はそんな事を考えながら歩く。二人はすでに起きていて、服を着ていた。
「お世話になりました」
出発する時間になり、リーダーはおばあさんたちに礼をした。
「短い間だったけど、楽しかったよ」
おばあさんはコロコロ笑って言った。
「では、さようなら」
今度は悠一たちも一緒に礼をして、くるりと向きを変えた。
「あなた」
おばあさんが、悠一を呼び止めた。二人も後ろを向いたが、相手が悠一とわかって、
「先に行っているぞ」
と言って足を進めた。
「なんですか?」
おばあさんの要件は、たった一言。
「『深追い』は、よくないよ」
「……分かっていますよ」
悠一はおばあさんに笑顔を見せて、もう一度進む方向に向き直した。
「……使うつもりだけど、ね」
おばあさんに聞こえないように一言付け加えた悠一は、前の方を歩いている二人を追いかけた。
「全員いるか?」
「……はい。大丈夫です」
質問に答えた学級委員は先生に名簿を返す。
「よし。バスも直ったことだし……皆、次の場所に行くぞ!」
「やったー!」
周りからは歓声が。悠一は持っている本を握った。
――本当に、使えるのかな。
不安に思いながら、バスに乗った。
隣は空席だったので、気遣いは要らない。悠一はバス酔いが激しいので、窓側に座る。
悠一は窓の外を見た。すると、遠くの方であの《・・》少女を発見した。
傍らには地蔵がある。
少女は楽しそうに手を振った。気のせいか、後ろの方に何かがあるように見えた。
少女が、口ぱくで何か言っている。
『いつでも呼んでね』
「え……?」
目をこすると、誰もいなかった――また、林ばかりの道。
「だめだ。最近疲れている……」
悠一は首を少し振り、次の目的地までの間ずっと寝ていた。
☆
あれから二日。
修学旅行も無事終わり、学校の前で解散となった。悠一は自分のバックを掴み、校門をくぐりぬけた。
後ろに浩二がいるのに気付き、少し歩行を速めた。今日はなんだか、からまれそうな気がするのだ。
「おい」
浩二が悠一に声をかけた。……そんな感じがしたんだよ。
心の中で呟きながら、返事をする。
「なに?」
「お前、あの村からずっと変な本持っているだろ。なんだよそれ」
あの本の事だ。浩二の目に入ったのだろう。悠一はなんと答えればいいのか迷った。
お前を殺すための本だ。
そんな事、言えるはずない。
「あぁ……もらったんだよ」
「誰に」
「……誰だっていいじゃないか。俺、急いでいるから帰らせて」
すると、浩二は悠一の腕をつかんだ。
「なんだよその態度。俺が飽きたからって、お前一人くらいすぐにハブくこと出来るんだぞ」
あぁ、うるさいな。
このタイミングで願ってもいいのか? この俺が近くにいても大丈夫なのかな……。
「聞いてるのか?!」
悠一が考えている間に、浩二は悠一を殴った。初めは何をされたのか分からなかったが、すぐ頬に痛みが伝わった。しかも、異常なほどいたかった。
「いっ……!」
痛すぎて声が出ない。血は出ていないが、真っ赤になっているのは間違いないだろう。
「お前、明日から覚悟しておけよ。ただじゃすまねぇから」
悠一は無言で立ち、浩二に向かって歩き出した。
「お、やるのか?」
「……もういいよ。我慢の限界」
そう言いながら、本を取り出す。
浩二とすれ違う瞬間、悠一は浩二以外聞こえない様な声で言った。
「……死んでしまえ」
「はぁ?!」
浩二はもう一度悠一を殴ろうとしたが、悠一は急いで走って帰った。
――これで、本当に大丈夫なのか?! もしダメだったら、明日から……
考えるだけでもおそろしい学校生活が待ち受けているだろう。
不安な気持ちを抱えながら家に入ろうとすると、耳元で声が聞こえた。
『願い、叶えてくるね』
あの子の声だった。後ろを振り向いたが、誰もいなかった。
「気のせいか……?」
不思議に思いながらも、悠一は家の中に入った。
もう、どうにでもなれ。修学旅行は行った。あとはもう入試のみ。そうすればあいつとは二度と会わないだろう――
「なんだよあいつ。そんなにいじめられたいのか……」
浩二はブツブツと唱えながら、雪道を歩いて行った。もう辺りは薄暗く、通りには誰もいなかった。
「悠一くんの願いをかなえますー……」
いきなり前方から、紫色のほっかむりをスカーフみたいに巻いた少女が、浩二の近くへ現れた。
「なんだよ、悠一の友達か?」
あまりに可愛い女の子が悠一のことを話していたので、浩二は彼女に興味を持って話しかけた。
「うーん……友達ではない。私はあなたに予言をしにきただけです」
「……冗談だろ。やっぱり悠一の友達は皆あたまがおかし……!」
浩二が全て言い終わる前に、少女は手を宙にあげた。
「これからあなたに災害が振りかかります。……大きな地震。地割れが起きて、あなたはその間にはさまって死ぬでしょう」
「何言っているんだよ」
こいつ、頭大丈夫かよ……。浩二はそう思いながら、少女の肩をポンと叩いた。
「俺にそれ以上変なこと言ったら女でも容赦ないからな」
すると突然、少女の声色が変わった。
『人間は、人の話をちゃんと聞かないな。お前なんて、物も大切にできない。
道端にある地蔵様を蹴るなんて……お前の方こそ、人間失格なのではないか?』
「は?!」
振り向くと、そこに見えたのはあの可愛い少女の顔ではなく……
道端にあった、地蔵の顔だった。
悲しそうな、どこか恨んでいるような目で浩二を睨んだ。
「うわぁぁ!?」
浩二は悲鳴を上げ、全力で走って逃げた。
「くっくっく……逃げたって無駄」
少女は楽しそうに笑い、指を鳴らした。
突然の地震が、浩二を襲った。
とても大きな揺れだったが、逃げた先にはほとんど家がなく、人もいない。
「う、うそだろ!!!」
その場にしゃがんで地震がおさまるのを待ったが、揺れはどんどん激しくなっていく。
浩二の足元であやしい音がした。
何かが、裂けたような音。その音は、どんどん大きくなっていく。そして、ついに……
「あっ、あっ……!」
浩二は声にならない悲鳴を上げた。誰も助けてくれない。
『一人目』
少女は言った。
もう、地割れの起きた場所に浩二の影はなくなっていた。
何かフワフワして光っているものが、少女のもとに飛んできた。
緑色に揺らめいている炎――人玉だ。
「いただきまーす」
少女は人玉を、少しも躊躇しないで口に入れた。
噛む、というよりも少女はそれをのみ込んだ。
「……ご馳走様」
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次の更新は来年になるかもしれませんが、あまり時間を開けずに頑張ろうと思うのでこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m