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一話

「はぁ……」

 悠一ゆういちは小さなため息をつき、窓の外を眺めたが、窓の外を見てもさっきから全く変わらないビルが立ち並んでいるだけで、他に何の変わりもない。見ているだけ無駄だ。

 外の寒さで所々が曇っている窓は、とても冷たかった。ここは、バスの中。今日、悠一が通っている学校では修学旅行がスタートしたばかりだった。なので、周りの人たちはものすごいハイテンション。バスレクが始まり、声が近所迷惑にならないか心配になるほどうるさい。


 だが、悠一はできれば参加をしたくなかった。クラスには自分が必要ない。そんなことを思い始めたのは、悠一が中学校に入学して半年もたたないころだった。 

 初めは楽しかった。一気に友達も増え、皆で協力していろいろな行事を成功させていく充実な毎日を送っていた。浩二こうじが学校に来るまでは。


 浩二は、梅雨が終わりそうな頃に転校してきた。初めのあいさつの時「俺は皆を引っぱっていけるよなリーダーになる」と言った。正直クラスにはリーダー的存在の人がいなく、まとまりがなかったので皆嬉しかった。もちろん悠一ゆういちも歓迎していたが……


 ホームルームが終わり、先生が職員室に言った瞬間、浩二こうじの態度は激変した。

「……誰を見せしめにしようかな」

 そんなことを言いだしたのだ。周りは一気に騒がしくなり、雰囲気も一瞬で最悪になった。何を言っているんだ。どういうこと? と疑問の声が上がる。

「お前ら、知っているか? クラスの団結力を高めるには、誰かがリーダーにならなくちゃいけねぇ。そのためには、お前らもリーダーに忠誠な態度をとるもんだろ。だから……」

 と言った瞬間、悠一の机を思いっきり蹴り飛ばした。周りの女子は、悲鳴を上げた。一斉に皆は壁まで逃げた。悠一は、何が起きたのか分からず動けなかった。

「俺に逆らうと、こうなるから覚えておけ!」

 その後、浩二は悠一を蹴った。とても力強い蹴りで、思わずせき込んでしまった。周りの人たちは、浩二の言葉に無言でうなづき、次の授業の準備を始めた。


 なんで、俺なんだ。どうして……

 その日から、イジメが始まった。勿論浩二を中心にしたものだった。学校に行くたびに罵声を直接浴びせられる。席をたって用を足している短い時間の間にも、机は後ろの端へと移動されている。悠一はわざと机を戻さないで授業を受けた。すると、不審に思った担任に呼び出しされた。

 もう我慢の限界です。と悠一は先生に言った。どうにかしてやるから、安心して学校に来い。と先生は励ましの言葉をかけてくれ、少しホッとした。

 ……頼まなきゃよかった。


 そう思ったのは次の日。

 机の上に、花瓶が置かれている。あぁそうか、俺は死んだってか!!!?

 女子はクスクスと声を殺して笑い、浩二は声を立てて豪快に笑っている。先生は――何事もなかったようにホームルームの準備をしている。

「先生、なんで……!」

「悠一、さっさと席に着きなさい……あ、お前の机はなかったな」

 先生が笑いながらそうつぶやくと、周りが大爆笑の渦に巻き込まれた。悠一は浩二を睨んだ。すると、嘲笑うかのように浩二に見返された。

 自分の意見を主張するのが苦手だった悠一は、ただ無言で教室を出た。屋上へ行き、くやし涙を流した。反抗が出来ない自分のことを考えるとますます涙は止まらなかった。


 悠一には、夢があった。それは、県内にある難関校に入学すること。その為には、内申点を稼がなくてはならない。当然、学校にも出席しなければならなかった。転校したくても、悠一の家族は貧乏で、引っ越すどころではない。なんとも嫌な星の下で生まれたものだ。

 そんな中、悠一は耐えて、耐えて二年を過ごした。


 周りも、浩二も飽きてきたのか、初めの勢いはなくなり、わざとぶつかってくる程度で済むようになった。担任の先生も変わり――とても正義感が強い先生のおかげともいえる――とりあえずボチボチな毎日を過ごしていた頃、修学旅行になった。



「皆、なんかの『バチ』が当たればいいのに……」

 ボソっと、そう呟いた。別に、深い意味があったわけではない。つい、口に出てしまった。



 すると、ずっと並んでいた街並みの景色が、緑――森が生い茂る道に一変した。

「あれ、雰囲気変わったな」

 悠一が呟くと、周りの皆も窓を見た。女子はたいしたことがないのにキャーキャー叫んでいる。

「ちょっと……待てよ?」

 先生が、口をはさんだ。どうしたんですか? と先生の近くにいた生徒が聞いた。

「これから行く場所に、こんな森を通る場所なんてないぞ……」

「えっ」

 さっきまでの元気に叫んでいた皆が黙り込んだ。

「ちょっと、運転手さん」

 不安に思った先生が、運転手に確認を取りにいった。

「すみませんが、道を間違っていませんか?」

「いいえ? 合っています。ここを抜けると目的地にたどり着くとナビに……ん!?」


 運転手が小さな悲鳴を上げた。前方に、土砂崩れのあとが見えたのだ。運転手は急ブレーキを踏んだため、バス全体が激しく揺れた。皆が一斉に左右に揺れた。地面とタイヤがこすれる音が耳に届いた瞬間、悠一は目を固くつぶった。もう、だめかも……



                              ☆



 運よくバスはギリギリで止まり、けが人は出なかった。

 しかし、これから先には進めない。

「なんで、いきなり土砂崩れなんて……」

 全員が呆然としている中、先生は冷静な判断をして、皆に伝えた――事件が起きてから、5分後だったが。

「仕方ないな……今調べている最中だが、ここから先に小さな村があるようだ。それぞれ班別に行動して、止まるところを決めよう。最低、野宿になるかもしれない。準備は……出来ているよな?」

 今回の修学旅行のスケジュールでは、明後日に予定していた旅館に泊れなくなり、ちょうどバスの中で夜を過ごすらしかったため、皆準備をしてきた。

「今日は冷えるぞ。風邪をひかないように支度出来た班からバスを降りろ」

 先生の指示で、皆しぶしぶと行動を始めた。悠一は、無言で動きだす。


 全員がバスから降りた。他の人たちと違って悠一は、バスの中で水筒しか出さなかったためすぐに出てきた。そして、先生、学級委員の――浩二を先頭にして二列になって進む。

 わずか五分でその列は乱れてしまったが、当然のこととも言える。修学旅行中で浮かれ気分の皆には、誰もいないところできちんとすることを忘れている。先生は苦笑して注意をしなかった。皆の気持ちを分かったのだろう。


 周りには木しかない一本の道を歩き始めて一時間。ようやく小さな村が見えてきた。永遠につかなかったらどうしようと思うほど長く感じた道のりだったので、皆は安心した。

「よかった。ちゃんとたどり着いたな……もう少し先に行ったら、班別で行動を始めるぞ」

 先生の声に、皆は元気よく返事した。悠一の声は一番後ろだったから先生の耳には届いていないであろう。


 足を進めていると、道の端に一つの地蔵があった。

 所々が薄黒い色をしている。元は灰色だったのだろう。頭には、今にも飛んでいってしまいそうなほど小さい、ボロボロの布が乗っていた。

 なぜか、その周りだけ雰囲気が違うように見えた。


 先生は携帯で誰かと電話をしている。「えぇ、私がきちんと引率して……」などと話している所から、きっと学校にしているのだろう。なので、地蔵の横は素通り。浩二は地蔵を見た瞬間、苦い顔をした。

「汚い地蔵だな……」

 そう吐き捨て、小さな地蔵を蹴飛ばした。その地蔵は簡単に倒れ、少しだけ奥に転がった。その時、周りの嫌な雰囲気が一気に増大した。皆気づいたが、浩二はそのまま口笛を吹いて通り過ぎた。

 周りも地蔵を見ないようにその横を通っていった。だが、最後尾の悠一はそっと地蔵を定位置に戻した。こういうのは見逃せなかった。


 地蔵の顔をよく見ると、どこか悲しそうな、誰かを恨んでいる、そんな目だった。持ち上げた時、とても冷たくてこちらまで凍ってしまうかのようだった。

 そんな地蔵を起こし終わって、列に戻ろうと前を向いたとき、後ろから声が聞こえた。


「やさしいんだね」

「え……?」


 そこには、紫色のほっかむりを頭にかけた女の子が立っていた。女の子といっても、悠一と同じくらいか少し下くらいの子だ。その子は、ニコリと悠一にとびっきりの笑顔を見せた。

 いきなりのことで、悠一はどう接すればいいか分からなかった。戸惑っているうちに、その子は話し始めた。

「可哀想だよね、その地蔵。何十年、何百年も人に嫌われていて」

 悲しそうな表情をして、その子は言った。今にも泣きだしそうな顔で――誰かに似ている、顔立ちだった。

 悠一には後半のことが理解できなかったが、

「……あぁ、そうだね」

とだけ返しておいた。後ろを見ると、先生たちとの距離はだいぶ離れている。早く済ませて欲しいと心の中で願っていると、その子は下から悠一を覗くように聞いた。

「そんなに私と話すの嫌?」

「い、いや。違うよ。なんて言うか……ゴメン」

 何に対して謝ったのか自分でも分からなかった。謝る所じゃ無かったよな……と反省。

「これ、どうぞ」

「ん?」

 その子は、悠一に一冊の本を渡した。表紙はボロボロで、字を読むのも一苦労した。そこには、習字で『笠地蔵』と書かれていた。不思議に思った悠一は、女の子に聞いた。

「これは?」

「読めばきっと分かるよ。呼びとめてこちらこそゴメン。ほら、迷子になるよ?」

 その子は、悠一の後ろをさした。反射的に悠一は後ろを見て、列を確認した。あと数十メートル進めば、最後の人が見えなくなる位置まで離れていた。

「やばい!」

 悠一は後ろも振り返らずに、全力で走った。女の子にもらった『笠地蔵』の本をにぎりながら――

読んで下さり、ありがとうございます。

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