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私は永らく、虫の知らせや風の便りなどというものに対して
根強い不信感を抱いていたのだが、それもどうやらこれまでのようだ。
今日、昼頃に鳴ったインターフォンに応じて外へ出てみると、
そこに立っていたのは一匹のふんころがしだった。
暗い褐色の小さな蝉ほどの大きさで、
身体の三倍くらいはあるこぶし大のふんを転がしていて、
他には取り立てて述べるべきようなことがない虫だったけれども、
ご丁寧にもその身体には彼のサイズにぴったりの名札がつけられていた。
しゃがみ込み目を凝らして私はそれを見る。
「風」と書いてある。
私は彼の名前を知る。彼は風なのだ。それは疑いようがなかった。
次に彼の転がすふんを見た。
それにもなにやらちいさい紙片がはりつけられている。
ここまで転がしてきて、よくも取れなかったものだなと感心してしまう。
私はそれをぺりぺりと丁重に剥がし、酷く細かに書かれている文字を読み取る。
……これは、切手だ。しっかりと消印も押してある。
その横には私の部屋の宛先も、間違いなく書かれていた。なんと。
つまり、風という名の昆虫が、便りを知らせを私に運んできた。
これにはさすがの私もおどろきおののく。「いやはや」
言葉が漏れる。虫の知らせと風の便りが一度にやって来た!
「いやはや!」興奮のあまり溜息が漏れる。私は何度も繰り返し頷く。
ひとしきり納得したところで、私は訊ねる。
「して、一体何を知らせに来たんだ?」
私の目の前にあるのは器用に丸められた一つのふんだけだ。
すると、風という名の昆虫は、
慣れた手つきでふんの中に節くれ立った前足を刺し込んだ。
もぞもぞと動かした後抜き出された手には、
とてもとてもちいさく折り畳まれた紙が掴まれていて、
彼はそれを私のほうへ差し出した。
「ありがとう」と私はこびりついたふんを払い落としながら慎重に便りを広げつつ言った。
「ここまで来るのは、大変だったでしょう」
すると虫は赤らんだ。なかなかかわいい奴だ。茶でも出してやろうか。・・・いや、先に要件を済ませてしまおう。
手間をかけて何度も何度も折り目を広げ、
ようやく中に書かれた文字が見えそうになったところで瞬間、強い風が吹きつけた。
手紙は私の手を離れ遥か遠くへ飛んでゆく。
風という名の昆虫は慌てた様子で一目散にそれを追いかけてゆく。
私は一人取り残される。
それきり、まるで、なにもなく。
しょうがないので私は一人不満げにため息をつき、
玄関に残されたふんを的確に処理した。
それから窓際に座り、ぼんやりと物思いに耽る。