依存 2
葉っぱが落ちた銀杏の並木を通り抜けると小さな駐車場がある。
10台分しかないこの駐車場に、公園で遊ぶことが目的で停まっている車は少ない。
その中に黒のVOXYが既に到着しているのを発見して、あたしはノロノロと近寄った。
あたしの姿に気が付いたのか、運転席のドアが開いて、中から男性が出てきた。
ノブリンだ。
整った顔というより、優しそうな甘いマスク。
二重の大きな目は少し下がっていて、笑うとちょっと目尻に皺が寄る。
若い頃はアイドル系だったと豪語するだけの事はあると思う。
中肉中背で、本田君よりは少し背が低いくらいだ。
でも、それが他人に威圧感を与える事なく、親しみやすい雰囲気を作っている。
彼が有能な営業マンである所以だろう。
黙ってても人が寄って来る華のある人種だ。
車の前で悪びれなくあたしに手を振るノブリンを見て、溜息が出た。
やっぱりあたしは彼が好きだ。
でも、あたしの愛情の対象が彼である必要はない。
彼が今から妻子を捨ててあたしと一緒になりたいって言ってくれるなら、否応なく乗るだろう。
でも、それは有り得ないし、あたしも罪のない子供を犠牲にしてまで彼との愛を貫くとか、そういう覚悟を持っている訳ではなかった。
つまり、あたしが彼に求めているものは、ひとときの刺激と生き甲斐だ。
変化のない日常から解放される金曜の夜のひととき。
本能のまま動物みたいに喘いで、醜態の限りをお互いに見せ合うひととき。
その時だけは将来の不安も、月曜の仕事も、退屈な日常も全て忘れられる。
あたしが自分が生きてる事を実感できるのはセックスしている最中だけだった。
その相手が今はノブリンなんだけど、別に彼に固執している訳じゃない。
新しい相手との初めての時が、一番ドキドキして盛り上がれる。
携帯で見つけた相手とはリピートしない主義だったあたしが、ノブリンとはダラダラ続いているのは、彼が金払いが良くてイケてたのと、セックスの相性が良かったからだ。
言い方は悪いけど、あたしは金曜の夜に抱き合える相手がいれば誰でもいい。
もちろん、ノブリンである必要もない。
それでも彼が突然いなくなるのは、あたしにとって恐怖だった。
目的も夢もない日常に取り残されて、明日から何を楽しみに生きていいか分からなくなる。
彼とのセックスがなくなってしまったら、あたしの唯一生きてる時間がなくなってしまう。
分かってても止める事はできない。
これを依存症って言うんだろう。
日常を忘れる為、先の事を考えないようにする為、あたしはセックスに溺れていく。
あたしは彼に近づくと、爪先立ちで彼の頬に軽いキスをした。
軽いマリン系のコロンの香りがフワリと鼻を掠める。
営業マンらしい厭味のないセンスも、あたしは気に入っていた。
彼はあたしを抱き締めながら、耳元で早口で囁いた。
「昨日はすっぽかして悪かった。マジで突然だったんだ。赤ちゃんがまだ小さいから3ヶ月は実家にいるって言ってたのにさ。ウチに帰ったらいるんだからビックリしたよ。今日は埋め合わせするから、な?」
「もー、あたしの事なんかすっかり忘れてたんだね。ノブリンの愛の大きさがよっく分かりました」
あたしも、ノブリンの事なんかサッパリ忘れてたのは棚に上げて、怒ったフリしてツンを顎を上げる。
彼好みのおバカ女のパフォーマンス。
バカバカしいけど、一応、お約束通りにやってやらなければ。
離れない程度に男を繋ぎ止める術を、あたしは経験から既に習得していた。
「怒った顔もかわいいよ、ミユちゃん。ところで腹減ってない?イタリアンが良ければ、俺のお勧めレストランがあるんだけど?」
「・・・どこ?」
「とあるホテルのランチバイキング。今、イタリアンフェアやってるんだって会社の女の子が言ってた。本物のイタリア人シェフがいるとかいないとか。バイキングだけど本格派だって」
「ふーん。いいじゃん。で、その後は?」
彼はあたしの長い髪を掻き上げ、首筋に唇を這わせた。
舌の生暖かい感触に、あたしはゾクっと肌が粟立つ。
「そこで一部屋取ってある。今夜は帰れないよ。」
彼の高めの甘い声が、あたしの体に巻きついてくる。
期待で早くも熱くなってくる体を、あたしは彼に預けてキスをした。