トラウマ 1
◇◇◇◇
マクドナルドのカウンターの前でまさかの再会を果たしたあたし達は、お互い呆然と見つめあったまま固まっていた。
あたしの頭に中学時代の思い出が走馬灯のように駆け巡る。
すっかり忘れていたクセに、彼の顔を見た途端、公園で隠れてこっそりしたキスのことまで思い出すんだから人間って都合良くできてるものだ。
固まっているあたし達に、さっきの高校生バイトの女の子が言い難そうに声を掛ける。
「あの・・・、フィレオフィッシュセットとテリヤキバーガーセット、店内でお召し上がりでできてますけど?」
その声にあたし達は同時に我に返って、慌ててお互いのトレイを掴む。
すっかり成長してあたしを見下ろしている彼に、あたしはドギマギしながら小さな声を掛けた。
「・・・あの、良かったら一緒に食べない?」
その言葉に、彼は無言のまま嬉しそうにニッコリ笑った。
トレイを持って、あたし達は二階に上がった。
夜の9時を回った駅前のマクドナルドは、さすがに人が少なかった。
あたし達は人目につかないような奥まった窓際の二人用の席に向かった。
成長した彼は確かに長身なんだけど、相変わらずの痩せ型でロック歌手みたいな体型だ。
今だに「発育不良児」なんだろうかと、ふと心配になる。
彼は黙ったまま、テーブルを挟んだあたしの正面に座った。
少し恥ずかしげなその笑顔は、確かにあの頃と変わらない『ボンビー本田』だった。
あまりに突然の再会に、あたしは何から聞いて話していいのか分からず、取り合えずポテトを摘んで口に咥える。
「・・・久し振りだね。今までどこにいたの?」
おずおずと問いかけたあたしに、本田君は何か言いかけて口を半分開けたが、すぐに唇を噛み締めた。
作業着の胸ポケットからボールペンを取り出し、トレイに乗っていた広告の裏にサラサラ何か書き始める。
『大阪 このまちに戻ってからは2年 みゆきは元気だった?あえてうれしい』
書いたものを見せられて、あたしは思わず眉間に皺を寄せる。
「ねえ、何で喋らないの?聞こえてるんでしょ?これってかなり面倒くさいんだけど?」
少しぶっきらぼうに言ったあたしに、彼はひどく悲しそうな顔をした。
その顔は女の子みたいだった中学時代の面影が残ってて、優しそうな目尻が下がったところなんかあの頃のままだ。
あたしが彼の顔を観察している間、彼は広告の裏に新たなるメッセージを書き始めた。
『オレはしゃべれない 声がでない 筆談させて』
それを見て、あたしは怪訝な顔をして彼の顔を改めて見つめる。
「何で声が出ないの?中学校の時は普通に喋ってたじゃない。喉の手術でもしたの?」
困った様に、彼は俯いてボールペンをクルクル回した。
これをすると浪人すると言うジンクスがあるペン回しが彼は昔から得意で、いつも無意識にやっていたのを思い出す。
ここにいる男性は確かに本田君に間違いはない。
頭を掻きながら、彼は再びボールペンで書き殴る。
『義父に殺されかけてから 声がでなくなった 』
「こ、殺されかけた?」
あたしは思わず、声を上げた。
彼は恥ずかしそうに首を竦める。
照れてる場合じゃない内容に、あたしの方が唖然とした。
「あの時・・・いなくなってからDV男に暴行されたってのは、本当だったの?」
彼は黙って頷く。
あたしは驚愕の表情をしたまま硬直していた。
具体的に何をされたかは聞けないけど、声を失うほどの恐ろしい事が起ったことは間違いない。
「・・・その後、どうしたの?」
『ケガがなおるまで半年くらい入院 それから母親と大阪にいった 一年おくれてむこうで4年夜間高校いって 2年前一人でかえってきた』
器用にペンを回しながら、彼はサラサラと書き殴っていく。
同じ年の彼の壮絶人生に、あたしは呆気に取られて文字を見つめていた。
『みゆきは今なにしてる?OL?』
そう書いた紙を見せると、本田君はあたしの着ていた事務職の制服を指差した。
なるほど。
仕事帰りでそのままの格好だったから、これを見ればOLだと分かるだろう。
「当ったり。小さい会社で5年も給料計算やってる。もう辞めたいよ。つまんないし給料少ないしさ。早く結婚したいくらい」
思わず出たあたしの本音を聞いて彼は苦笑する。
そしてまた、サラサラと紙に台詞を書き綴っていく。
『彼氏いないの?』
「・・・言うと思った。結婚するようなは相手いませんよ。こんなつまんない女、どうせ誰も相手にしてくれないって」
嘘をついたつもりはなかった。
今夜、逢うことになっていたあの妻子持ちのイケメンは、彼氏としてカウントできない。
彼にとったら、あたしなんて所詮セフレなんだから。
そういう体だけの付き合いをしているあたしを本田君は軽蔑するに違いない。
あたしは優しくて正義感の強かった本田君に、今の汚れた自分を知られたくなかった。
何にも知らなかったあの頃のままのあたしを思い出して欲しかったのだ。
あたしの思惑も知らずに、無邪気な本田君は優しく笑って、またペンを走らせる。
『よかった オレ まだみゆきのことすきだよ』
・・・相変らずの直球。
言われたこっちが赤面してしまう。
あたしはもう、そんな事を言って貰えるような女の子じゃないのに。
告白は嬉しかったけど、申し訳なかった。
携帯の出会い系サイトで見つけた金払いのいい男とばっかり遊んでるって言ったら、前言撤回するに違いない。
真っ直ぐに見つめる彼の視線を逃れるように、あたしはハンバーガーにかぶり付いた。