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約束 1

「結婚?あたしと?」


 聞き捨てならないその言葉に、あたしは彼から体を離してその顔を凝視する。

 揺るがない強い視線で、準一もあたしから目を逸らさなかった。

 その唇が何かを言いかけたが、思い出したようにメモ用紙を手にする。


『もちろん卒業して仕事についてから オレ 看護士になりたいんだ 中学校の時から夢は医者だったから 残念だけど そっちは経済的にハードル高くてあきらめた 病院付属の学校だから 卒業したらそのまま就職できる 仕事も決まって一人前になったら ミユキをむかえにくる それまでに』


「それまでに、何よ?」


 嬉しいのか悲しいのか、よく分からない感情が高ぶってきて、あたしの目から涙が溢れてくる。

 今日、何回泣いてるんだろう。

 化粧もとっくにハゲた頬に伝わっていく涙を、準一の手が優しく拭った。


『声が出るように 治療に専念したい メンタル系なとこから 外因的なものもあるかもしれない 今まで話す必要があまりなくて 正直 さほど気にしてなかった 話相手もいなかったし でも 2年後 ミユキのお父さんに結婚の報告をするまでには 絶対治したい だから待っててほしい』


 断わる理由なんか勿論なかった。

 でも、あたしは溢れてくる涙を垂れ流しながら、黙って唇を噛み締めていた。


 準一の気持ちはすごく嬉しい。

 あたしの為に2年という長い時間をかけて頑張ってくれようとしているんだ。

 ひたむきに目標を持った準一には2年間なんてあっという間なんだろう。


 でも、あたしは?

 準一のいなくなった2年間、あたしは一人で何してたらいいの?

 そんなに長い間会えなかったら、あたしはまた寂しさで壊れてしまう。


「準一はやっぱり、あたしの事分かってないよ。そんなに長い間、あたし一人でいられないよ。寂しくて、一人でいるの怖くて、またおかしくなっちゃう。準一だってもう分かってるじゃない。あたし、一人じゃダメなの。誰かが傍にいて抱いててくれないと壊れちゃうんだよ!」


 あたしは両手で顔を覆った。

 奇麗事言っても始まらない。

 準一にトラウマがあろうが、確固たる将来のビジョンがあろうが、あたしはあたしだ。

 遠すぎる未来を夢見て一人で生活していく自信はなかった。

 準一は考え深そうな瞳で、じっとあたしを見つめていた。


『君の悩みについて あの後 オレも考えてた』


 以前、「理解できない」と言った準一が、今は歩み寄って、あたしを理解しようとしてくれている。

 その気持ちは嬉しかった。

 真面目な顔でメモ用紙に書かれた言葉に、あたしは期待した。


『オレにはやはり理解できない どうして そうなる?』


「ど、どうしてって、そんな事分かんないよ。準一だってパニック障害でしょ?逆にあたしは依存症なんだよ、きっと。人の肌に触れてないと、精神状態がおかしくなるの。寂しいと死んじゃうのよ!」


『セックスが好きなの?』


「ヘンな言い方しないで! 行為そのものより人肌恋しくなるの。準一は男だし、セックスに悪い思い出しかないから分かんないんだよ。女の子は肌の温かみで癒されることもあるんだから・・・」


 冷静な顔で準一はあたしの顔を見つめていた。

 自分と見解の違う意見を、彼なりに分析しているようだ。

 こんなこと生真面目に考えなくてもいいのに。

 寧ろ、考えるから分からないんだ。

 理屈抜きで、感じるものなのに。


『それならオレの肌でもミユキのなぐさめになる?』


「・・・いいよ、無理しなくても。また発作が起きたら呼吸困難で死ぬかもしれないんでしょ?」


『その理論でいけば 行為をしなくてもいいんだろ? それならこっちも妥協できそうだ』


「何よ、妥協って。もう、何考えてんの・・・」


 天然生真面目な準一は、意を決したようにパーカーのファスナーを引っ張って、ベッドの下に投げ捨てた。

 黒い半袖シャツを着た細い体が現われて、あたしはドキっとする。


『ミユキは一人じゃない 毎月一度は会いに来る ミユキが壊れないように 寂しくないように オレも頑張るから 』


 最後にそう書いて、準一はメモ用紙とペンをベッドの下に置いた。

 膝に乗ったままのあたしを抱き締めて、壊れ物を扱うように優しくベッドの上に寝かす。

 そして、介護をするような柔らかい仕草で、あたしの着ているものを一枚一枚脱がしていった。

 利き過ぎる部屋の暖房のせいで寒さは感じなかった。

 でも、自分を防御している鎧が少しづつ剥がされていくような心細さを感じた。


 あたしをブラとパンティだけの下着姿にした後、彼は緊張した顔で自分もシャツを脱いだ。

 見覚えのあるヤケドで爛れた痛々しい皮膚が顕わになる。

 でも、今のあたしにはそれさえも愛しかった。

 全部ひっくるめて愛しい彼の体なのだから。

 ベルトで抑えていた大き目のジーンズを脱いで、トランクスだけになると、彼はあたしと並んで体を横たえた。

 少し寒さを感じて、あたしは掛け布団で二人の体を覆った。

 サラサラした布団の中で、あたし達はお互いの体温を求めて抱き締めあう。

 頭から被った布団の中は薄暗くて、温かくて、胎内に戻ったみたいな安堵感があった。

 何より、あたしを抱き締める彼の体温と、心地いいくらいの束縛感が、あたしを落ち着かせていた。


「準一、大丈夫?パニックにならない?」


 あたしは彼の手を握り締めて、まずそれを聞いた。

 すぐにギュっと握り返されるのを感じて、ホっとする。


「ね、気持ちいいでしょ?好きな人と抱き合うのって」


 少し考えるように、準一は視線を泳がせて苦笑した。

 そして、力強くあたしの手を握り返す。

 好きな人と抱き合うのって、準一が怖がってるセックスとは全然違う事なんだ。

 あたしは、それを彼に知って欲しかった。


 最初はぎこちなくあたしを抱き締めていた腕が、やがてあたしの髪に絡み、お腹に触れ、頬を撫でる。

 あたしはされるがままに、彼の手の温かさを感じていた。


「準一、あたしを2年も待たせるんだったら、時々会いに来て。ケータイ持ってちゃんとメールして。あたしを寂しがらせないで。分かった?」


 あたしの手は彼の両手に包み込まれて、ギュウっと力強く握られた。




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