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その瞬間

 その後のあたしの行動は迅速だった。


 目の前にある雑居ビルに飛び込み、エレベーターの案内を見ると、テクノーサービスは三階にあることが分かった。

 エレベーターを待つのももどかしく、あたしは奥にある非常階段を見つけて一気に駆け上がる。

 小さな雑居ビルは迷うほどの大きさもなくて、階段を登ったら目の前には二つドアがあるのみだった。

 その内の一つに『株式会社 テクノサービス』と書かれた車のナンバープレートみたいな看板が張ってあるのを確認し、あたしはノックもせずにドアを勢い良く開けると、中に突入した。


 ドアを開けると小さなカウンターがあり、そこに受話器を耳に当てた女性が、突然乱入したあたしを見て呆然をしている。

 40歳くらいの落ち着いた感じの女性だ。

 その女性の制服のネームプレートに『浅野』と書いてあるのをあたしは確認して、彼女が電話中であるにも拘らず話しかけた。


「い、今、電話した本田準一の妻です。お給料、あたしが受け取ります!」

「それはできません」


 女性は受話器の口を手で押さえながら、ニッコリ笑った。


「今、先程のお兄様にもお話している所ですが、御本人がこちらに来られない以上、第三者に渡す事はできません。本日中に口座に振り込むという事でいいでしょうか? 御本人不在のまま奥様に手渡しするなら、本田さんの委任状と奥様の身分証明になるものを提示して頂きますよ?」


 あたしは返事に詰まった。

 本田美由紀が偽名である事はとっくにバレてるらしい。

 社会人のキャリアの違いか。

 準一と連絡が取れた今となっては、お給料は彼の手に渡ればそれでいい。

 あたしはあっさり敗北を認めて、にっこり笑い返した。


「それでいいです。御迷惑お掛けしました。お陰で主人に会うことができそうです」


 あたしの浅はかな悪知恵はお見通しだと言わんばかりに、女性は黙って笑ってくれた。



◇◇◇◇



 準一が来るまでにはまだ時間がある。

 あたしは車を飛ばして駅前の繁華街まで行くと、ぐるりと一回り走って駐車場を探した。

 なるべく駅から近いコインパーキング見つけて車を駐車すると、地下道からJR名古屋駅に向かって走り出した。

 地下のショッピングモールは平日のせいか、さほど人気もなく、あたしは形振り構わずひた走る。


 JR名古屋駅の新幹線乗り場にあたしが辿り着いた時には、時刻は正午を回っていた。

 電光掲示板を見ると、大阪から東京方面へののぞみが15分後に到着する予定だ。

 準一も一番早く出発する新幹線に乗る筈だけど、どの時刻の新幹線に乗るかは分からない。

 あたしは期待に胸を膨らませて、改札で彼が現われるのを待ち構えた。


 20分後、のぞみから下車してきたらしい人の群れがゾロゾロと改札を通って行った。

 そのあまりの多さに、あたしは顔を左右にキョロキョロと動かし、懸命に彼の姿を探す。

 第一弾、第二弾と波の如く人の群れは通り過ぎていくが、その中に準一の姿を見つけることはできなかった。


 まあ、2時間はかかるかもって言ってたしね。

 こんなに早く到着する訳ないか。


 あたしは気を取り直し、次の到着時刻を確認してから、キオスクで缶コーヒーを買う。

 思えば、朝から肉まんしか食べてない。

 お腹は減ってるが、今、ここから離れる訳にはいかなくて、コーヒーだけ空きっ腹に流し込む。


 新幹線は15分くらいおきに到着していくが、東京から大阪方面の行く新幹線から下車する乗客も当然同じ数だけいる訳で、あたしは人の群れがやって来る度に、改札まで走って彼を探し続けた。


 一時間ほどだったんだろうか。

 実りのない反復運動にいい加減疲れてきた頃、あたしのジャケットのポケットからケータイの着メロが響いた。

 その音に思わず飛び上がって、あたふたとポケットに手を突っ込む。

 ケータイのディスプレイには、確かにさっき話した準一のお兄さんの番号が表示されていた。

 あたしは逸る胸を抑えながら、震える指で何とか着信ボタンを押した。


「準一?準一!?今どこ?もう名古屋に着いた?」

トン!

 

 ケータイを軽く叩く音がした。

 もうこの駅にいるんだ。

 あたしはまず安堵の溜息をついた。


「あたしももう新幹線乗り場にいるよ。今、改札で待ってる。ここまで来れる?」

トン!

「あ、でも、改札ってここだけかな? 結構、広いんだけど。準一どっちの改札に向かってる?」

 音がしない。

 しまった。

 イエスノー方式でないと会話が成立しない事を忘れてた。


 その時、あたしの目の前を新幹線から下車した乗客の群れがもう一団、ゾロゾロと通り過ぎていった。

 その群れから少し遅れて、ケータイ片手にキョロキョロしながら歩いてくる懐かしいシルエットが視界に入った。


 瞬間、時が止まったかのように、あたしはケータイを耳に当てたまま硬直した。

 フードのついた黒いダウンジャケットに包まれた線の細い体。

 相変らず、シャレっ気のない長めの黒髪。

 いつもの考え深そうな黒い目が不安げに視線を泳がせている。

 人込みの中、彼の姿だけがスローモーションみたいにあたしの視界に映し出された。

 その顔がゆっくりとこちらを向いて、視線が合った瞬間、彼の目が大きく見開かれる。


「ジューンイチィィィ!!!!」


 あたしが叫んだのが先だったか、彼があたしに気が付いたのが先だったのか。

 刹那、人込みを掻き分けて準一は改札を飛び出し、あたしは人波を逆行して彼の元に走り出した。

 待ち望んだその瞬間に向かって、あたしは彼を求めて人込みの中で必死に手を伸ばす。


 あたしが彼の手を掴むより早く、あたしの体は彼の両腕によってグイっと強引に引き寄せられた。

 そのまま彼の力強い腕に誘導されて、あたし達は流れていく人の群れから脱出した。



 気が付いたら、あたしは準一の腕の中にいた。

 目の前にはあれほど追い求めた彼の優しい顔がある。

 彼と別れてからたったの2ヶ月弱だというのに、前世で生き別れたような気さえしてくる。


 やっと逢えた。

 やっと逢えたんだ!


 溢れてくる涙はもう止めようもなく、あたしを包み込む準一のダウンジャケットを濡らしていく。

 彼はそれに構うことなく、あたしを抱き締める力を緩めようとはしなかった。


「逢いたかったの、あたし、準一に逢いたかったぁ・・・!ゥワアア・・・!!!」


 子供のように号泣し始めたあたしの唇は、突然、彼のキスで塞がれた。

 初めての強引なキスに驚いているあたしの耳元に、準一は顔を寄せた。



「オ・レ・モ・ア・イ・タ・カ・タ」


 温かい息の合間で、準一の音のない声は確かにそう言った。



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