追跡 2
「もしもし? あんた、誰や?」
電話を耳に当てた途端に、低い関西弁の男の声がした。
聞き慣れない関西弁のせいで、悪徳押し売り業者のような印象を受ける。
その声だけで、あたしの頭にはパンチパーマでサングラスをした男が浮かび上がった。
「誰って失礼ね! あんたこそ誰よ? 人に聞く前に名乗るのが礼儀ってモンでしょ?」
多少、ビビってたけどそれを気取られないよう、あたしは精一杯の威勢を見せて言った。
電話の向こうで少しムカっとした男の表情が見えるようだ。
こんな時でも可愛げがない自分の性格に、今は感謝する。
「えーよ。俺は中村 敬一。準一の兄貴や。あんたは?」
「ちょっと待ってよ! 何で、あんたが準一のお兄さんなのよ!? 大体おかしいじゃん、敬一と準一なんてどっちも長男じゃないの?」
「・・・細かい女やな。俺は準一の母親の最初の結婚の子。兄弟言うても腹違いやけどな。で、あんたは誰やねん?」
ああ・・・なるほど。
それで今まで知らなかった訳だ。
大阪から来たという事は、そちらに準一のお母さんのルーツがあるのかもしれない。
お母さん以外の血縁者がいても不思議はないかも。
「コラ、聞いてんのかい!? あんたは誰や!? 準一が喋れんのをいいことに給料横領する気やったんちゃうんか!?」
苛々し出した男の声を聞いて、あたしはハっと我に返った。
この人が信用できるのかどうか分からないけど、きっと準一と繋がってる。
そんな予感がした。
「あたしは林美由紀って言います。彼とはその・・・昔付き合ってました。準一がいなくなってからずっとあたし探してて、お給料差し押さえれば、会社まで来てくれるかと思ったの。今、準一はそこにいるんですか? いたら、美由紀が会いたがってるって言って欲しいんです。お願いします」
「・・・あんた、準一と逢うために、人の給料差し押さえたんか?」
「・・・はい。すいません」
あたしは素直に謝罪した。
もう手段は選ばない。
準一に会えるなら、何でもできそうだった。
男はしばらく沈黙した。
電話の向こうで誰かと話し合ってるみたいだ。
あたしはその相手が準一だと確信した。
やがて、男の声が再び電話から聞こえてきた。
「あんたホンマに彼女やねんな。準一も会いたいって言うてる。今、喋る?って言うても準一は聞くだけやけど。代わろか?」
「お、お願い! 代わって!」
あたしは形振り構わず、懇願した。
あれだけ探しても何の手掛りもなかった準一が、今、電話の向こうにいる。
あたしの胸は高鳴った。
「準一?聞こえる? あたし! 準一がいなくなってからずっと探してたの! 今どこにいるの? 逢いたいの! 準一!?」
無論、声は聞こえない。
彼が電話の向こうにいるかどうかも、声が聞こえなければ分からない。
あたしは絶望的になってケータイを握り締めた。
その時。
トン!とケータイから何かがぶつかる小さな音が聞こえた。
あたしはハっとした。
二人で過ごしたあの一週間の間、あたし達が指の感覚だけで会話した事。
準一は覚えててくれたんだ・・・!
あたしの目から涙が溢れ出す。
「準一!あたしと逢ってくれる?」
トン!
「準一もあたしと逢いたかった?」
トン!
「お給料差し押さえたのあたしなの。どうしても準一に会いたくて、これしか方法がなくて。ゴメン!怒ってない?」
トントン!
「じゃ、あたし、今から会いに行く! お給料届けに行くよ!どこにいるの? もしかして大阪?」
トン!
・・・大阪。
予想はしてたけど、逢いに行くには若干遠そうだ。
いや、名古屋駅から新幹線で一時間。
一時間後には準一と逢える!
「今から行く! 新大阪駅で待ってて!いい!?」
考えているかのように、準一からの返事はなかった。
しばし沈黙が続いた後、さっきの関西弁の男の声がした。
「ミユキさん、準一が今からそっちに行くって言うてる。お給料貰って、あんたが名古屋駅で待っててやって。今、梅田やから2時間もかからへんよ。改札で待っててくれたらエエって。一応、俺のケータイ持たせとくから」
「わ、分かりました。あたし待ってます。ありがとうございます!」
「ええよ。しっかし、準一に彼女がいてるって知らんかったわ。こんな弟やけど、宜しくお願いしますわ。また、大阪にも来たって下さい」
やっと穏やかになった敬一さんの声は、確かに弟を思う兄のそれだった。
ケータイを切ったあたしは嬉しさに身震いする。
後、二時間で準一に会える。
やっと逢えるんだ!
溢れる涙を拭いもせず、あたしは車から飛び出した。
彼のお給料を回収する為に。