表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

追跡 2

 「もしもし? あんた、誰や?」


 電話を耳に当てた途端に、低い関西弁の男の声がした。

 聞き慣れない関西弁のせいで、悪徳押し売り業者のような印象を受ける。

 その声だけで、あたしの頭にはパンチパーマでサングラスをした男が浮かび上がった。


「誰って失礼ね! あんたこそ誰よ? 人に聞く前に名乗るのが礼儀ってモンでしょ?」


 多少、ビビってたけどそれを気取られないよう、あたしは精一杯の威勢を見せて言った。

 電話の向こうで少しムカっとした男の表情が見えるようだ。

 こんな時でも可愛げがない自分の性格に、今は感謝する。


「えーよ。俺は中村 敬一けいいち。準一の兄貴や。あんたは?」

「ちょっと待ってよ! 何で、あんたが準一のお兄さんなのよ!? 大体おかしいじゃん、敬一と準一なんてどっちも長男じゃないの?」

「・・・細かい女やな。俺は準一の母親の最初の結婚の子。兄弟言うても腹違いやけどな。で、あんたは誰やねん?」


 ああ・・・なるほど。

 それで今まで知らなかった訳だ。

 大阪から来たという事は、そちらに準一のお母さんのルーツがあるのかもしれない。

 お母さん以外の血縁者がいても不思議はないかも。


「コラ、聞いてんのかい!? あんたは誰や!? 準一が喋れんのをいいことに給料横領する気やったんちゃうんか!?」


 苛々し出した男の声を聞いて、あたしはハっと我に返った。

 この人が信用できるのかどうか分からないけど、きっと準一と繋がってる。

 そんな予感がした。


「あたしは林美由紀って言います。彼とはその・・・昔付き合ってました。準一がいなくなってからずっとあたし探してて、お給料差し押さえれば、会社まで来てくれるかと思ったの。今、準一はそこにいるんですか? いたら、美由紀が会いたがってるって言って欲しいんです。お願いします」

「・・・あんた、準一と逢うために、人の給料差し押さえたんか?」

「・・・はい。すいません」


 あたしは素直に謝罪した。

 もう手段は選ばない。

 準一に会えるなら、何でもできそうだった。


 男はしばらく沈黙した。

 電話の向こうで誰かと話し合ってるみたいだ。

 あたしはその相手が準一だと確信した。


 やがて、男の声が再び電話から聞こえてきた。


「あんたホンマに彼女やねんな。準一も会いたいって言うてる。今、喋る?って言うても準一は聞くだけやけど。代わろか?」

「お、お願い! 代わって!」


 あたしは形振り構わず、懇願した。

 あれだけ探しても何の手掛りもなかった準一が、今、電話の向こうにいる。

 あたしの胸は高鳴った。


「準一?聞こえる? あたし! 準一がいなくなってからずっと探してたの! 今どこにいるの? 逢いたいの! 準一!?」


 無論、声は聞こえない。

 彼が電話の向こうにいるかどうかも、声が聞こえなければ分からない。

 あたしは絶望的になってケータイを握り締めた。


 その時。


 トン!とケータイから何かがぶつかる小さな音が聞こえた。

 あたしはハっとした。

 二人で過ごしたあの一週間の間、あたし達が指の感覚だけで会話した事。

 準一は覚えててくれたんだ・・・!

 あたしの目から涙が溢れ出す。


「準一!あたしと逢ってくれる?」

トン!


「準一もあたしと逢いたかった?」

トン!


「お給料差し押さえたのあたしなの。どうしても準一に会いたくて、これしか方法がなくて。ゴメン!怒ってない?」

トントン!


「じゃ、あたし、今から会いに行く! お給料届けに行くよ!どこにいるの? もしかして大阪?」

トン!


・・・大阪。

 予想はしてたけど、逢いに行くには若干遠そうだ。

 いや、名古屋駅から新幹線で一時間。

 一時間後には準一と逢える!


「今から行く! 新大阪駅で待ってて!いい!?」


 考えているかのように、準一からの返事はなかった。

 しばし沈黙が続いた後、さっきの関西弁の男の声がした。


「ミユキさん、準一が今からそっちに行くって言うてる。お給料貰って、あんたが名古屋駅で待っててやって。今、梅田やから2時間もかからへんよ。改札で待っててくれたらエエって。一応、俺のケータイ持たせとくから」

「わ、分かりました。あたし待ってます。ありがとうございます!」

「ええよ。しっかし、準一に彼女がいてるって知らんかったわ。こんな弟やけど、宜しくお願いしますわ。また、大阪にも来たって下さい」


 やっと穏やかになった敬一さんの声は、確かに弟を思う兄のそれだった。

 ケータイを切ったあたしは嬉しさに身震いする。


 後、二時間で準一に会える。

 やっと逢えるんだ!


 溢れる涙を拭いもせず、あたしは車から飛び出した。

 彼のお給料を回収する為に。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ