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捜索 2

 準一について何の手掛りもないまま、年末年始と時間は過ぎていった。


 仕事が正月休みになってからは、あたかも自分が失業したかのように、毎日、職安に顔を出した。

 マンガ喫茶巡りも続けた。

 だが、彼に関する情報は何も得る事ができなかった。


『喋らない』というインパクトのある特徴がある準一だ。

 どんな人でも一度、彼と筆談で話した事があれば忘れる事は無いはずだった。

 そう思って、マンガ喫茶の常連に無差別に聞き込みもしてみたが、彼を覚えている人間に会う事はできなかった。

 やっぱり誰かの所に居候していると考えた方が良さそうだった。

 つまり、あたしが自力で捜索できる事はもう無いという事になる。

 絶望的な気分で、あたしは2009年の正月を迎えた。



◇◇◇◇



 準一の事で頭が一杯で過ごした休みは一週間で終わり、無情にも仕事は始まった。

 変わり映えのないいつもの事務所。

 新年の挨拶もそこそこに、皆、仕事モードに入る。

 毎年、一月は出勤日が少ないのでどうしても後半に溜まってくるのだ。

 日頃はダラダラとネットで遊んでいる経理部のメンバーも、若干、真剣な面持ちでパソコンに向かっている。


 あたしも電卓を叩きながら、休みボケの頭をフル稼動させていると、隣のデスクの悪友が年明け早々に掛かってきた電話を取った。

 茶髪をクルクル指に絡めながら、受話器片手に苛立っている悪友をあたしは横目でチラリと見た。

 その声のトーンの高さに、何の気なしに彼女の電話の応対に耳を傾けてしまう。


「はあ? 小田さん、またキャッシュカード失くしたんですか?・・・ってか、この前やったばっかりじゃないですか。じゃ、今月は振込みはしないでいいんですね?給料日は20日だから、経理部まで取りに来て下さいよ。も~・・・その口座もう変えた方がいいじゃないですか? はい、はい・・・分かりました」


 仕事が増えたのがムカつくらしく、彼女はガチャンと音を立てて乱暴に受話器を置いた。


「何? 今の、営業の小田さん?」

「そーよ! この人、この前もキャッシュカード失くしたから振り込まないでくれって、締めギリギリで電話してきてさあ。こっちの仕事増やすなっつーの」

「あー・・・あの人、ボーっとしてるもんね」

「一人だけ現金で用意しとくの面倒なんだよ。保管しとくのも嫌だしさあ。サイアク!」


 ブーブー言いながら、再びパソコンに向かった彼女をあたしは呆然と眺めていた。

 何気なく発せられた彼女の言葉に、あたしはその時、電気が走ったような衝撃を受けていた。


 これだ!

 準一に逢える最期のチャンス。


 突然、降って湧いたこのアイデアにあたしは身震いした。


 偶然は二度は起こらない。

 起きたとしたら、それは必然だ。


 今までのやり方で、当てもなく街を探したって、準一に巡り会える確立はゼロに等しい。

 それならば、こちらから彼がやってくるように仕向けてやるしかない。

 必然的状況を作ってやるのだ。

 それが法的にギリギリラインだとしても・・・。


 あたしはパソコンに向かって、この計画を脳内でシュミレーションし続けた。



 いつも通り5時で仕事を切り上げたあたしは、駐車場まで走って車に飛び乗った。

 外気の中に置きっ放しだった車内は冷え切っていて、何はともあれエンジンをかける。

 まだ温まっていない空調から冷たい空気が吹き上げてきた。


 あたしは震える手でカバンを開いた。

 そして、財布の中から準一の派遣会社のスタッフだと言った女性の名刺を取り出す。

 そこには名古屋の本社の電話番号が載っていた。


『人材派遣業 株式会社 テクノサービス』


 それが、準一の派遣元の会社の名前だった。

 握り締めたケータイのプッシュボタンをあたしは恐る恐る押してみた。

 しばらくコールの音が鳴った後、女性の声がしてあたしは身構えた。


「ありがとうございます。テクノサービスでございます」


 落ち着いた若くはない女性の声だった。

 丁寧な話し方に、キャリアを感じる。

 あたしはドキドキ鳴る胸を押さえて、計画を実行した。


「あの、私、そちらで年末までお世話になりました本田準一の妻です。主人の12月分の給料の支払いの事でお話があるのですが、担当の方、みえますか?」

「本田準一さんの奥様・・・ですか?」

「そうです。今は別居してて離婚協定中なんです。彼は既婚者である事は黙ってたと思いますが」

「・・・分かりました。給料についてのお話でしたら、私でお聞きしますが」


 少し怪訝な口調だったが、女性は何とか納得して話を進めてきた。

 ここからが勝負だ。

 あたしは息を軽く吸ってから、できる範囲の威厳のある声を作って話し始めた。


「準一・・・主人が、突然解雇されたからという理由で、12月分の仕送りを出し渋ってるんです。子供はあたしの方にいるんだから、最後のお給料が出たら、あたし達にも払う義務があるんですよ。なのに今月は払わないって宣言してきて、あたし、子供を抱えて困ってるんです。法的にあたしと子供には、養育費として、そのお給料の一部を貰う権利があります。

だから、そちらにお願いしたいんです。

12月分の最後のお給料、口座に振り込まずに手渡しにして貰えませんか?

彼が給料を受け取りにそちらに行きましたら、あたしもすぐに伺います。

あたしが見ている前で、給料を渡して頂きたいんです」


 あたしの話を黙って聞いた後、女性の少し困惑した声がした。


「給料を手渡しにする事は問題ありませんが、あなたの方から説明して頂けるんでしょうね? 差し押さえてると勘違いされたらトラブルになりますから」

「それは大丈夫です。彼が給料を取りに来たら、あたしに連絡下さい。そちらに迷惑が掛からないようにあたしも立ち会います。で、今月の給料日は20日ですか?」

「はい。では、1月の20日に現金で用意しておきますので、本田さんに20日以降、名古屋本社まで取りに来るようにお伝え下さい。くれぐれもトラブルにならないようにお願いします。こちらは御夫婦の離婚調停には無関係ですからね。あ、奥様の携帯の番号教えて下さい。本田さんがこちらに来ましたら、すぐに連絡します」


 面倒臭い事を頼まれたという口調だったが、彼女はしっかり約束してくれた。

 ヤマは越えたのを感じて、あたしはホッと胸を撫で下ろす。


「ケータイは090-xxxx-xxxx あたしは妻で本田美由紀と言います。じゃ、20日に伺いますので宜しくお願いします」

「分かりました。人事部、浅野が承りました」


 や、やった・・・!!

 ピッとケータイを切ってから、あたしはシートにもたれてハーっと大きく息を吐き出した。

 まだ心臓が激しく鳴り続けている。


 これで賽は投げられた。

 準一に会えるチャンスはもうこれしか残っていない。

 人事を尽くしたあたしは、後は天命を待つしかなかった。





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