失踪 3
彼は昨日ここから出て行った。
その事実が分かれば、ここにいる理由はもうない。
派遣会社のスタッフだという女性にペコっと頭を下げて、紙袋を抱き締めて部屋を後にした。
彼が昨日まで触って梱包していただろう紙袋は、まだ彼の温かさが残っているような気がした。
川べりに駐車していた車の中に入って、あたしは封を開けるのももどかしく、紙袋の口を力任せに破った。
中に入っていたもの。
それは、噴水にダイブしたあたしが彼の部屋で洗濯機に放り込んだジャケットとその日に着ていた衣服一式だった。
クリーニングはしてないけど、彼らしくキチンと畳まれて入っていた衣服からは、柔軟材の匂いがフワンとした。
そのジャケットの下に茶封筒が挟まっているのに気が付き、あたしの胸はドキンと鳴る。
『美由紀へ』と書かれたその封筒をあたしはもつれる指で強引に開いた。
その中には白い便箋。
いつもの殴り書きとは別人みたいな達筆で文が綴られている。
姿勢を正して、手紙を書く彼の姿が目に浮かんだ。
逸る胸の鼓動を抑えつつ、あたしは便箋に目を走らせる。
『美由紀へ
元気ですか?
中学校の時の名簿から住所が分かったので、君の服、郵送します。
この荷物が君の家に届く頃、僕はもうあのマンションにはいません。
君が出て行ってから1週間後、僕ら派遣社員は一斉解雇の通知を受けました。
美由紀には言いませんでしたが、生産は目に見えて減っていて、解雇される予感は以前からありました。
就労契約では今月末まで雇用されますが、今の時点で今年の仕事はもう終了しているので、僕は少し早いですが退職を申し出ました。
景気が悪いのでどうなるか分かりませんが、ここにいても仕方がない事は分かったので。
企業が年末の休みに入る前に、次の職場を決めたいと思います。
美由紀には悪い事をしたって、後悔しています。
君なら僕の事を分かった上で受け入れてくれると思ったので、甘えていました。
君の事は受け止められなかったのに、勝手な人間だと自覚してます。
あの夜、僕が駅前に行こうなんて言い出さなければ、今でも二人で穏やかに暮らしていたのかな。
クリスマスも一緒に過ごせただろうに、なんて今更ですが残念に思います。
僕は結局、トラウマを抱えたただの子供で、自分の事を美由紀に曝け出して押し付けるばかりで、君の事を受け入れる準備は何もできていませんでした。
君にも抱えてる悩みはあっただろうに、何も聞いてあげられなかった。
それが一番の後悔です。
僕は喋れないというハンデを持っているので、次の仕事を見つけるのは恐らく困難を極めるかと思います。
よって、仕事が見つかれば、そこに移動しなければなりません。
美由紀と会う事はもうないと思います。
偶然マクドナルドで再会してから僅か1週間ですが、美由紀と一緒にいた時間は幸せでした。
中学校を辞めた時、君と別れる事だけが辛かった。
だから、今回再会して、少しの間でも一緒に暮らしたのは奇跡だし、これで思い残す事はありません。
ありがとう。
美由紀も頑張って、幸せになって下さい。
本田準一 』
キチンとした彼の綺麗な文字が涙でぼやけて見えなくなっていく。
読み終わったあたしは、手紙を握り締めて、ハンドルに突っ伏した。
違うよ、準一。
準一は悪くないよ。
あたしが今までバカ過ぎたんだ。
準一がそんな風に自分を責める必要なんて何にもないんだよ・・・。
どこまでも優しい準一。
彼はどんなにか、自分を責めてここから出て行ったんだろう。
当てのない出発はどんなに心細かったあろう。
あたしの脳裏に浮かんだのは、何故か中学生のまだ女の子みたいな彼の姿だった。
彼に逢いたい。
もう一度出逢えたら、あたしはもう彼を絶対に離さない。
傷ついた体で迷子になってる準一を、あたしは早く見つけてあげなくちゃ・・・!
腕でゴシゴシっと涙を拭いてから、車のドアをバン!と開け、再びマンションに向かって今来た道を走り出した。