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失踪 2

 なんだかんだと言っても、あたしは恵まれていた。


 しがないOLでも一応正社員で、健康保険なんかの福利厚生面は保障されていたし、言われた事だけこなしていれば解雇の心配はなかった。

 でも、それは今までの話だ。


 博史の話を聞いてから恐ろしくなったあたしは、翌朝、出勤前に新聞を広げてみた。

 今まで目に留めたこともない経済面や社会面には、この年末に起こるだろう派遣切りの記事で埋め尽くされている。

 典型的な期間工だった準一が、この全国的な解雇の波から除外されているとは思えなかった。

 嫌な予感が昨日からずっとしていた。

 あたしはいてもたってもいられず、朝食も食べずに家を飛び出した。


 出勤時間は9時なのでまだ余裕はあった。

 あたしは車を準一の住んでいたマンスリーマンションに向かって走らせる。

 この時間だったら、もう出勤している頃だ。

 まだ働いていればの話だけど。

 会えるとは思ってないけど、いなかったら何らかの痕跡は見つかるだろう。


 クリスマスが終わった翌日は、一気に年末モードだ。

 心なしか交通量の少ない国道を、あたしはひた走る。

 ウチみたいな零細企業は28日まで働かされるけど、大手メーカーは今日から冬休みに入っているところもある。

 それが証拠に重役の父親は、今日から大型連休に突入していた。


 だったら、準一の会社は?

 もしかして、昨日で解雇されてたら・・・?


 胸騒ぎがした。

 もう会えなかったら、あたしは一生後悔する。

 中学校の時みたいな引き裂かれ方はもう嫌だ。

 とにかく、彼に会いたかった。

 彼があたしを許してくれなくても、あたしは彼を愛してる。


アイシテル!?


  初めて自覚した準一への思いに、我ながらハっとした。

・・・あたしは彼を愛してる。

 そう思った途端に、胸の奥からジワっとした温かい感情が湧き上がる。


 彼の優しい黒い瞳、傷だらけの細い体、骨ばった大きな手、照れたようないつもの笑顔・・・。

 失いたくなかった。

 だから、絶対に会わなければ。

 たとえ、これが最後になったとしても。


 あたしは懐かしい彼のマンションに向かって、アクセルを踏み続けた。



◇◇◇◇



 川べりの白いマンスリーマンションは、飛び出してきたあの日と変わらない姿でそこに建っていた。

 勝手知ったるあたしは、川べりに車を路上駐車してから、マンションに向かう。

 爽やかな冬の朝の風が、あたしの髪をなびかせていく。

 あの時と変わらない平和な朝に思われた。


 マンションの階段を駆け上がって、二階の彼の部屋に向かって通路を進んでいく。

 ドアの前で立ち尽くしたあたしの耳に妙な物音が聞こえてきた。

 ガタンゴトンという大きな音に混じって、ガー・・・という掃除機のような電気音。


 まさか、こんな時間に?

 準一がそこで掃除をしているとしたら、本当に会社は休みに入っているのだろう。

 もしくは、仕事自体が終了してしまったか・・・。


 あたしは思い切って、ドアノブに手をかけ思いっきり開いた。

 その途端に、大音量の掃除機の音が耳に入ってくる。

 懐かしいキッチンには、大きなダンボールがドンと通路を塞いで置いてあり、その中には無造作に放り込まれたフライパンや食器が見えた。

 誰が見ても、それは引越しの準備だった。


「準一! いるの?」


 いきなり突入するのも憚られて、あたしは玄関で靴も脱がずに大声で呼びかけてみた。

 すると、あたしの声に気付いたらしく掃除機の音は止み、中から30代半ばくらいのOL制服姿の女性が顔を出した。

 突然の女性の出現だったが、その女性の典型的な営業職の雰囲気とイマイチ垢抜けない普通の容貌のせいで、準一の恋人だという認識は全く浮かんでこなかった。


 女性は「何だ、この女は!?」と言わんばかりに、あたしを睨みつける。

 若い女の品定めをするような目つきは、まるで姑だ。

 一瞬、怯んでしまったが、あたしは負けずに睨み返してから女性に問いかけた。

 あたしだって現役OLだ。

 お局の扱い方は慣れている。


「あの、ここ、本田準一って人が住んでた筈なんですが、ここで何してるんですか?」


 あたしの問いかけに、女性は一瞬、はあ?という表情をしたが、やがて面倒臭そうに返事をした。


「私は派遣会社のスタッフです。見ての通り、マンション返す為に掃除に来てるんです。ここ、ウチの派遣会社で借り上げてた部屋なんですよ。ウチから派遣してた社員が一斉解雇されたので、今月一杯でマンションの賃貸契約解消しなければならなくなったんです。解雇通知が出たのが2週間前で、今月までで仕事終了なんだから企業も強引ですよ。勿論、今月一杯までは猶予与えてましたよ。でも、本田さんの生産ラインは先週で仕事無くなっちゃったから、次の職場を探したいって昨日出て行ったんです」


 昨日出て行った!?

 間に合わなかったんだ・・・!

 頭を殴られたような衝撃を感じて、愕然としたあたしはただそこに立ち尽くしていた。


 女性は言い訳がましく、全ては突然解雇に踏み切った企業のせいだとブツブツ言いながら説明してくれた。

 今回の解雇は全国的で、製造業が主なこの地域では会社の賃貸マンションを追い出される派遣社員がそれこそゴマンといるそうだ。

 当然の事ながら、準一もゴマンの中の一人に含まれてしまい、少しでも早く次の職場を探そうと年末を待たずに出て行ったらしい。


「今出て行っても、年明けに出て行っても状況は変わらないって言ったんですよ。どうせ、年末は企業も休みで稼動してないんだから。でも、本田さんはここで待ってるよりは、少しでも早く次を探したいって。次の職場なんて、景気が良くなるまでないと思うんですけどねえ。

・・・ところであなた、ひょっとしたら林美由紀さん?」


 突然、知る筈のないあたしの名前が女性の口から飛び出して、あたしは驚いて顔を上げた。


「やっぱり、そうか。丁度良かったわ」


 そう言いながら、女性は部屋の奥に入ると大きめの紙袋を引っ張ってきた。

 紙袋はガムテープでしっかり封がしてあり、宅急便で郵送する為に送り状まで貼り付けてある。

 見覚えのある字で書かれたその宛名は、間違いなく『林美由紀様』だった。


「本田さんに、部屋の片付け終わったら宅急便で送ってくれって頼まれたの。送ると送料掛かるしコンビニまで持ってくの面倒だから、ここで受け取ってくれます?送料はあなたに返しますから。あなた、彼女さん?」


 女性は紙袋と2千円をあたしに手渡し、悪戯っぽく笑った。



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