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失踪 1

 あたしが自宅に出戻ってきてから、3週間が過ぎた。


 気が付けば、今日は25日でクリスマス。

 実家に戻ってからの3週間、あたしは一度も準一と会おうとしなかった。

 勿論、会いたかった。

 でも、最後にあたしを見た時の準一の裏切られた子供の様な視線が忘れられなかった。

 怖かったのだ。

 彼に嫌われる事より、あたしの存在が彼を更に傷付ける事が。



 あの日から、あたしは若干生活態度を改め、最低限の家庭のルールは乱さないように生活を続けていた。

 理由は、まず、兄貴の博史に頭が上がらなくなってしまった事。


 優等生で堅物だとバカにしてた博史は、案外、物分りが良くて、あたしのだらしなさも知った上で色々と相談に乗ってくれた。

 兄貴とまともな会話する日がくるなんて思ってもみなかった。

 準一の事については話さなかったけど、辛い別れがあった事は察してくれて、無理に聞いたりはしなかった。


「次にいいヤツできたら紹介しろよ。俺が査定してやるから」


 そう言って、博史は笑った。

 あたしがいなかった空白の一週間の事を無理に詮索しようとはしなかった。

 あたしはそれを彼なりの愛情だと受け止めた。


 大人しくしてるもう一つの理由は、父親に迷惑をかけてしまった事。


 例の怪メールはやはり、役員名簿を入手した何者かによって、無差別に送られてきたものだと判明した。

 もちろん確信はないが、メールを受信したメンバーの顔ぶれからそう考えるのが自然なようだ。

 問題は真偽の有無に拘らず、役員の中にそういう娘がいるという噂が社内に広まってしまったことだった。

 最後まであたしを信じてくれてた父は必死で否定はしたらしいが、会社で非常に肩身狭い思いをしていたのだと、博史は言った。


 さぞかし怒っていることだろうと、また殴られる事は覚悟していたが、父親は博史に担がれて戻ってきた時、何も言わなかった。

 後日、殊勝にも頭を下げにいったあたしに、父は一言「自分を大事にしなさい」とだけ言った。

 あたしは父親が会社で恥をかいたことより、あたしの事を心配して怒っていた事にやっと気が付いた。


「・・・ごめんなさい」


 あたしも一言だけ、父親の背中に向かって言ってみた。

 その背中は振り向きもしなかったが、それが照れ隠しだって事は見て分かった。




 クリスマスイブは久し振りに家族全員が集まった。

 公務員で滅多に残業なんかしてこない博史はともかく、父親が皆と一緒に夕食を食べれる時間に帰って来るなんて何年振りかの事だった。

 母親も何気に嬉しそうで、街で人気のお店のクリスマスケーキを、わざわざ予約して買ってきて子供のようにはしゃいでいた。


 家族4人水入らずでのクリスマスディナー。

 鶏の唐揚やポテトフライなんかを摘みながら、そろそろ宴も酣になってきた頃、博史が突然立ち上がってワザとらしく咳払いをした。


「えー、皆さん。何年か振りに一同集まりました今宵、私、林博史は重大な発表をさせて戴きたいと思います」

芝居がかったその口上に、一同失笑した。


「何言ってんの、博史。もう酔ってんの? 隠し芸でもするつもり?」

「ちげーよ、バカ!」


 茶化して野次を飛ばすあたしに、博史は真っ赤になって反撃する。


「じゃ、何なの?」

「あー、その、俺、来年の春、結婚しようと思うんだ。だから、年が明けたらこの家を出るよ。今、彼女と一緒に新居探してるんだ、実は」


 頭を掻きながら、耳まで真っ赤になって、博史は歯切れ悪く言った。

 あたしと両親は、立ち上がっている博史をポカンとして見上げるしかない。


 博史に女がいた!?


 正に寝耳に水だったあたし達は、思わず顔を見合わせる。


「何それ? ずっと隠して付き合ってたの?」

「別に隠してねえだろ。誰も聞いてこなかっただけで。俺だって彼女くらいいるっつーの。だから・・・」


 博史は急に真面目な顔になって、唖然としている父親と母親の方に体を向けた。

 そして突然、ガバっと頭を下げると堂々と独立宣言を始めた。


「今までありがとうございました! 俺、これから自立して彼女と暮らします。年が明けたら、紹介しに改めて連れてきます。会ってくれるよね?」


 突然のカミングアウトに、流れについていけない両親はただ顔を見合わせている。

 なかなか確信犯だ。

 優等生の博史らしい強引且つ、確実なやり方。

 もちろん、この状況で二人ともノーとは言えまい。


 兄貴、カッコよすぎる!

 パラサイト博史の人生最大の爆弾発言に、あたしは泣き笑いで盛大な拍手を送った。



◇◇◇◇



 平和なクリスマスの夜だった。

 博史の人生最大の独立宣言に一同動揺した後、声援を送り、宴は終了した。


 母親が後片付けを始め、する事がなくなった父親は風呂に入りに部屋を出て行った。

 後に残ったあたしと博史は、つけっ放しだったテレビの前のソファで食後のコーヒーを楽しんでいた。

 ぼんやりと液晶画面を見つめていたら、9時のニュースが始まって、あたしは何気に見てしまう。

 いつもはニュースなんて興味もないのに、この時は不思議とアナウンサーの声が耳に響いてきた。


『・・・リーマンショック後、売り上げを右肩下がりに落としていた自動車産業を中心とする愛知県内の製造業社は、年末までに期間工、派遣社員を一斉解雇の踏み切ると見られています。

製造業に従事する非正規労働者は3万人を越えるとも予想され、雇用保険や社会保険等のない失業者の今後の社会保障と派遣業を中心にした雇用形態の在り方が課題になりそうです・・・』


・・・期間工の一斉解雇?


 頭の悪いあたしにも、その言葉は理解できた。

 派遣会社の借り上げたマンスリーマンションで、契約満了までしかいられないと言っていた準一の顔が、咄嗟に脳裏に浮かんだ。


「民間企業は大変だな。俺、公務員で良かったよ。もし派遣社員だったら、突然解雇で年末ホームレスだな」


 準一の事を知らない博史は、ニュースを見ながら人事のように軽く言った。

 確かに博史にとっては人事だろう。

 でも、あたしは追い討ちをかける様な博史の何気ない言葉に、心臓がギュッと掴まれるような気がした。


「何それ? 突然解雇されるの?」

「・・・お前、新聞くらい読めよ。今、すげー景気悪いんだよ。市役所にも今月になってアパート追い出された派遣社員が生活保護の申請にゴマンと押し掛けてるって、同期のヤツが言ってた。企業は年末まで仕事させてから解雇する気らしいから、クリスマス終わった明日からがピークじゃね?」


 ホントに何にも知らなかったあたしを見て、博史はバカにしたように説明した。

 新聞どころかテレビも見てないあたしには、世の中の情勢なんか知る由もない。

 ウチの会社は派遣を入れてなかったので、準一以外に製造業に携わる人と接点がなかった。


「・・・やっぱり解雇されたら、アパート追い出されちゃうの?」

「そりゃ、そーだろ。社員の最後の給料だって出せるか分かんないんだから。派遣会社の物件だったら、まず賃貸契約を解消するよ。経費を最小限に抑える為には、出てって貰わなきゃ。でも、これだけ一斉に追い出されたら、自治体で対応できんのかなあ・・・」


 人の気もしらないで、博史は恐ろしい持論を一人で展開している。

 あたしは、とてつもない胸騒ぎを感じていた。




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