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迷子 1

 フラフラとマンションの階段を降りて、あたしの車を路上駐車している川に向かった。

 遮る建物がない川縁は、冷たい強風が容赦なく吹き付けてくる。

 寒さにガタガタと震えがくる体をあたしは両腕で抱き締めるようにして歩いた。


 車に入ってエンジンをかけてみる。

 エンジンがかかる音は、彼のマンションにも聞こえる筈だ。

 もしかしたら、この音を聞いて彼が追いかけてきてくれるかも・・・なんて一縷の希望を持ってあたしは車の中でしばらく待機していた。

 だが、5分経っても追い縋って来る人影は見えなかった。


・・・バカみたい。

 往生際悪過ぎだし。


 あたしは泣きながら一人で笑った。

 こんなトコ誰かに見られたらカッコ悪過ぎる。


 彼と再会してから、たった一周間。

 同棲していた分、接近するのも早かったとは言え、こんなにあたしの心が彼で一杯になってしまうなんて。

 今、ぽっかりと開いてしまったその穴を塞ぐ術は、あたしには見つける事ができそうになかった。


 後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように、あたしはサイドブレーキを思い切り踏みつけた。

 涙でぼやける視界に、あたしは腕でゴシゴシと顔を拭きながらハンドルを切った。


・・・とにかく彼の前から消えなくては。


 あたしの頭にまずそのことが浮かんだ。

 彼の話を聞けば聞くほど、あたしが彼の発作の原因になりそうな気がしたからだ。

 でも、帰る先などなかったあたしには、それは衝動的過ぎる行動だった。


・・・どーしてあたしって、こう、行き当たりばったりなんだろう。


 行き先もないまま車を転がして、あたしは一人毒づいた。


 さっきからすごい寒気と頭痛がしている。

 この寒さの中、噴水の中にダイブしたんだから風邪を引いたとしても不思議はない。

 目的もなく街中をウロウロとドライブするのにも疲れてきて、眩暈がする。

 本格的に熱が出てきたのを感じて、あたしは目についた国道沿いのファミリーレストランの駐車場に車を入れた。


 寒さで風邪を引いたか、別れのショックで知恵熱が出たのか。

 酷くなってきた眩暈に視界が揺らいできたのに、あたしは吐き気を感じた。


 寒い・・・!

 体の芯からくる震えが止まらない。

 熱の時に起こる関節痛が始まっていて、あたしは自分が完全に病気になったことを自覚する。


 力の限り手を伸ばして、後部座席に突っ込んだスポーツバッグの取っ手を引っ張り寄せる。

 そのポケットに確か、ヤツのケータイ番号を入れた筈だ。

 失くしてなければ。


 祈るような気分でポケットに手を突っ込むと、一週間前と同じ状態で兄貴の博史の名刺が入っていた。

 強がりを言ってる余裕も無くなって、あたしは震える手でケータイの番号を押した。


・・・お願い、出て・・・!


 目を閉じて、祈るようにコール音を聞いた。


「・・・もしもし? 林ですが?」


 聞き慣れた低い声。

 その声に、思わずホっとして力が抜けた。


「・・・博史? あたし・・・美由紀」

「美由紀か? 結構、頑張ったじゃん。すぐに電話してくるかと思ったのに。もうギブアップか?」


 あたしが死にそうになってるとは思わない博史は、ハハハと高笑いした。

 ホーラ、見ろ!と言わんばかりだ。

 悔しいけど、今のあたしには彼しか頼れる人がいなかった。


「で、どーした? どこで迷子になってんだよ?」

「・・・博史、寒いの。助けて・・・」

「美由紀? どうした? お前、どこにいるんだ? 何かあったのか?」


 あたしが蚊の泣くような声に、彼はやっと尋常でない事態を理解した。


・・・結局、迷惑かけてる。


 威勢良く啖呵切って飛び出してきたくせに、あたしは誰かに頼るしかない。

 文句ばっかり言ってるくせに、一人で何もできないただの子供だ。

 情けなくて、悔しくて、涙がポロポロと溢れてくる。

 そこにイライラした博史の怒鳴り声がケータイから響いてきた。


「おい! 美由紀!? どこにいるんだ? 泣いてないで返事しろ!」

「・・・駅から国道入ったとこのファミレスの駐車場・・・。あたし、熱があるみたい。動けないの」

「分かった。動くな。誰かと一緒なのか?」

「・・・ううん、一人。迷惑かけてゴメン。助けて・・・」

「分かった。すぐ行くから、そのままそこにいろ。エンジンかけとけよ」


 博史の低い声は頼もしくて、あたしは安堵して目を閉じた。


 後で、ちゃんと謝ろう。

 博史にも、できれば準一にも。

・・・会ってくれたらの話しだけど。


 あたしの脳裏にこの一週間の事が走馬灯のように浮かんでくる・・・。

 そして意識を手放したあたしは、そのまま何も分からなくなった。



◇◇◇◇



 体を持ち上げようとしている二本の太い腕に、あたしは起こされた。

 重い瞼を薄く開けて見ると、博史が狭い運転席から必死であたしを助手席に押し出そうとしている。

 あたしが目を開けたのに気が付いて、博史はホッとした顔で笑った。


「マジですげえ熱だな。このまま病院行くぞ。お前、起きてんなら助手席行けよ。俺がこの車で運転してくから」

「・・・うん。来てくれてありがとう、博史。あたしね・・・」

「後で聞くよ。オラ、もっと動け」


 照れ臭いのか、少し乱暴にあたしの肩をグイグイと押し退ける。

 助手席にあたしを追いやると、博史は自分が来ていたダウンジャケットを脱いで毛布代わりにあたしに被せた。

 彼の体温が残ってるジャケットは温かくて心地良かった。


 博史が運転席に座ると同時に車は滑り出し、勢いよく国道に飛び出した。







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