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安らぎ 1

 あたしが作りかけたカレー(厳密に言えばジャガイモの欠片が入った熱湯)は、その後、準一の手によって本物のカレーに生まれ変わった。

 準一は慣れた手つきで包丁を操り、手早く玉葱を刻んでいく。

 TVドラマのお母さんが料理するみたいに、トトトト・・・とリズミカルな音を立てて、玉葱は透けて見えるくらいに薄く切られていった。

 あたしはその様子を、背伸びしながら準一の背中に張り付いて凝視していた。

 女として完敗だ。

 キャリアの違いを見せつけられた気がした。


 その後、僅か20分でカレーは完成した。

 あたしが2時間前からジャガイモと格闘してキッチンを汚すよりは、彼が帰ってきてから一人で作った方がよっぽど効率が良かったという事実に愕然とする。

 準一はジャガイモの皮が散らばったままの床を気にすることなく、ニコニコと機嫌よく笑っていた。

 あたしがここにいた事がそんなに嬉しかったのか。

 ちらりと見上げた彼の顔がとても穏やかで、それを見てあたしも少し安心する。


 時刻は既に9時になろうとしていた。

 ようやくできたカレーの鍋と、さっきの100円ショップで二人分買ってきた白いお皿とスプーンを丸テーブルに並べる。

 そこで、あたし達は重大な事実に気付いて顔を見合わせた。


「準一、ご飯は?」

『今日は炊いてない やってくれたんじゃないの?』


 ペンをクルクル回しながらノートを広げて、準一は苦笑した。

 文章にはしなかったものの、『そんなことだと思った』と顔が言っている。

 カレーにご飯がない!?

 何のコントだ、これ・・・。

 完全に力が抜けたあたしは、ヘナヘナとフローリングに倒れ込んだ。



◇◇◇◇



 あたしの人生初のカレーはライスが無い為、食パンをつけて食べるという斬新なスタイルとなった。

 オ・イ・シ・イ、と準一は何度も言ってくれたけど、全然嬉しくない。

 殆んど彼が作ったカレーなんだから、おいしくて当たり前だ。

 あたしは不貞腐れて、食パンを黙々と食べ続けた。


 何も実りのある仕事はしてないくせに、勝手に疲労困憊したあたしは早々にシャワーを浴びてベッドに横になった。


・・・これが毎日続くんだ。


 一人で生きてくってどんだけ大変なんだろう。

 準一はこんな生活を一人でずっと続けてきたに違いない。

 もはや尊敬の眼差しで、あたしは食器を洗っている彼の背中を眺めた。


 でも。

 大変だけど、楽しい。

 こんな風に毎日準一と一緒にいられたら・・・。

 生きてくのは大変だけど、きっと大丈夫。

 きっと何とかやっていける。

 そんな気がした。


 うつらうつらとしかけた時、肩をチョンチョンと突付かれた。

 薄目を開けると、目の前にスウェットスーツに着替えたお風呂上りの準一がノートを広げている。


『ミユキ どようび ひま?』

「え?今週の土曜日?仕事は休みだけど、どうして?」

『駅前いこう もうすぐクリスマスだし 』

「あー・・・来週はもう12月かあ。そーだね、またデートしようか。準一はまた仕事?」


 残念そうにコクンと頷いてから、彼は再びノートに書き綴る。


『また夜マクドナルドで待ち合わそう 残業ないから6時くらい OK?』

「いーよ。じゃ、それまであたしをここに置いてくれるって事ね?」


 意地悪く聞いてやると、準一はハっとした顔になって、慌てて首をブンブン振った。


『いいけど 連絡くらいはするべき お父さん心配してる オレは話せないけど でもオレのとこにいるって言ってくれてもかまわない』

「いいの~? そんな事言って。ウチのお父さんに娘をキズモノにしやがってって怒鳴られるかもよ?」


 家族公認のアバズレ娘に、父親がそんな事を言う筈もないが、あたしは彼の反応が見たくて少し嚇してやった。

 怖気づくかと思いきや、意外にも彼は堂々として頷く。


『大事なむすめさんを男の家にとめた責任はとる 必要なら土下座するし なぐられてもかまわない このまま黙ってかくれているのは よくない だから 連絡はするべき』


・・・サムライか。

 切腹しそうな勢いの開き直りっぷりは可笑しかったが、同時に頼もしく思えた。

 真っ直ぐな準一は、きっとどんな状況にあっても逃げ隠れしないだろう。

 逃げて隠れてる為に、一時の享楽に溺れていたあたしとは違う。

 逆境にいてさえ清く正しい準一に比べて、ぬるま湯の中でダラダラ生きてきたあたしは何て汚れてるんだろう。

 揺るがない彼の視線が眩しくて、あたしは無意識に目を逸らせた。


「分かった。その内、あたしから連絡しとくよ。でも、今週末まではここにいていい?土曜日デートしよ?」

『OK』


 準一は嬉しそうに微笑んだ。


 ここでずっと彼と一緒に生きていきたい。

 小さなこのマンションで、二人で肩を寄せ合って暮らしたい。

 でも、いつかは、あたしがここに転がり込んで来た理由を話さなければならないだろう。

 その時、準一はあたしを受け入れてくれるんだろうか。


 安らぎと幸福感の中、あたしは漠然とした不安を感じていた。




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