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鍵 1

 あたしの突っ込みが決定打になって、この話はうやむやの内に終了した。

 頭の固そうな準一だけど、少なくとも今夜は何も聞かずに泊めてくれそうだ。

 明日の事は明日考えればいい。


「お互いに過去の事には触れずに付き合おう」


 そういう約束で始まったあたし達だったけど、結果的に準一は付き合い始めて早々に過去の秘密をカミングアウトしてしまった。

 だけど、あたしの過去は彼の告白を聞いた後に話せるような内容では到底なくて、皮肉にもあたしは聞いた事で更に追い詰められてしまった。

 過去の事も今回の一件も絶対に準一に知られてはならない。

 電話を諦めて再びご飯を食べ始めた準一を見ながら、あたしはホッと胸を撫で下ろした。


 兎にも角にも、ワンルームマンションは狭かった。

 実家から離れた事のないあたしは、こんな狭いマンション見たのは初めてだった。


 味のない焼肉定食の夕飯を終えてから、あたしは一宿一飯の恩を少しでも返そうと、狭いキッチンで食器を洗い始めた。

 あたしが立ってる狭い廊下を挟んだ反対側がユニットバスになっている為、準一がシャワーを浴びている生々しい水音がリアルにあたしの耳に入ってくる。

 水道の蛇口を捻る音まで聞こえるもんだから、音だけで彼が何をしているのか、大体想像する事ができた。

 少ない食器を洗い終った時、突然、ユニットバスのドアがバン!と開いて、あたしの後頭部にガン!と直撃した。


「・・・ったぁ!!!」


 突然の激痛に頭を抑えて座り込むあたしに、お風呂上りの準一が慌てて駆け寄る。

 彼が近付いたその時、シャンプーの香りがする温かい湯気がモヤっと顔にかかった。

 濡れた髪をオールバックにかき上げた準一の顔は、お風呂上りで紅潮していてちょっと色っぽい。

 その口元が ダ・イ・ジョウ・ブと問いかけるように動いて、あたしは引き攣りながらも何とか笑ってみせる。


「平気平気。ちょっとビックリしただけ。あ、ここ洗い終わったから、あたしもシャワー借りていい?」


 あたしの頭に異常が無い事を確認して、ホッとしたように彼は笑うと、ド・ウ・ゾと言うように唇が動いた。


 独身の男の子が自分のマンションで服を着て風呂から出てくる筈がない。

 なのに、裸で出てくるかと思いきや、彼は既に上下のスウェットスーツを着込んでいた。

 あたしがいたから、一応、気を遣っているんだろう。

 真面目な準一は、女の子の前で裸体を晒すのは失礼だと思っているに違いない。

 でなければ、あたしに襲われるのが嫌で警戒しているのか・・・。

 考えたら、そちらの線の方が可能性が高そうで、あたしは複雑な心境でユニットバスに入った。


 入ったらいきなり洋式便器。

 締め切ったユニットバスの中は蒸し暑い蒸気で湿度100%だ。

 脱衣所もないので、あたしは脱いだ服を便器の蓋の上に載せて、小さなバスタブの中に入る。

 それがなんと狭いことか。

 慣れてないあたしがシャワーの蛇口を捻ると、便器の上のあたしの着替えにまで水飛沫が飛び散り、床は水浸しになった。

 長い髪を洗うと今度はシャンプーの泡が飛び散り、出た時にはトイレにまで泡の被害が及んでいた。

 こんな狭いお風呂に入ったのは初めてだった。

 あたしより体の大きい準一が、どうやってここで毎日シャワーを浴びているのか。

 疑問を感じつつ、あたしは何とか入浴を終えた。


「準一!タオル貸して!」


 ドアから手だけ出して催促すると、その手にポンっとバスタオルが渡される。

 湯気でモウモウとしている水浸しのバスルームで着替える気になれなくて、あたしはバスタオルを体に巻き付けてドアをバン!と外に開いた。

 その途端にガン!と衝撃音がして、そこには後頭部を抱え込んだ準一が座り込んでいた。


「あ、ゴメン!大丈夫だった?」


 あたしの声に顔を上げた準一の顔は、初め、痛みで引き攣っていたが、あたしの顔を見るなり目を開いて硬直した。

 裸にバスタオルを巻きつけたあたしのセクシーショットを目の当りにしたんだから無理もない。


「ごめん。刺激が強かったよね。すぐ着替えるから」


 準一もやっぱり男じゃん。

 調子に乗ってウィンクまでしたあたしの前に、お馴染みのノートが突きつけられた。


『ミユキ まゆげ なくなってるよ』


 メッセージを見るなり、あたしはノートを奪い取って彼の頭を思い切り引っ叩いた。



◇◇◇◇



「準一、何時に起きるの?」


 シングルベッドに先に入って、あたしは彼が目覚まし時計をセットしているのを眺めた。

 彼は右手を広げた上に左手の人差し指を乗せて、ロ・クと言った。


「六時!?早くない?仕事何時から?」


 その答えに、今度は左手の指を三本乗せてハ・チ・と言った。


「うわ・・・、工場勤務って大変だね。あたしなんか9時からだよ。しかも職場近いし。あ、でも、鍵がないから朝は一緒に出るよ。帰りは・・・どうしよ?」


 ブツブツ言いながら考え込んでるあたしの目の前に、チェーンがついた鍵がぶら下がっていた。

 準一は少し照れたような笑みを浮かべて、鍵を指差してからあたしを指差す。

 その唇がモ・テ・イ・テと動いた。


「え、あたしが持ってていいの?そりゃ、あたしの方が後から出勤して先に帰るけど・・・。それって、明日もここに帰って来ていいって事?」


 ウンと、頷いた後で、準一の唇はゆっくりと オ・ヤ・ス・ミと動いた。




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