同居 3
声が出ていたら、間違いなく「ちょっと待て」と言っていただろう。
準一は一瞬、意味が分からないように首を傾げてペンをクルクル回した。
それから、あたしの顔を見てノートをおもむろに開いた。
『帰れないってどういういみ? もしかしてオレのせい? 家族になにかいわれた?』
生真面目な彼は、今日のデートが父親の逆鱗に触れたと勘違いしたようだ。
あたしの事をどんだけ箱入り娘だと思ってるんだか。
心配そうに返事を待つ準一に、あたしは両手をパタパタ振った。
「違うよ。準一には関係ない。あたし、昔から家族と仲悪いんだ。ちょっと喧嘩して出てきちゃったから、その、ここにおいて欲しいんだけど・・・ダメ?」
あたしの言葉に間髪入れず、彼はブンブン首を振った。
『ダメだよ ここは会社が借りてる物件だし いつまでここにいられるか分からない 契約満了したら追い出されるかもしれない』
「でも、それまでならいいでしょ?お願い!取り合えず今夜だけでもいいの、ね?」
『ダメだって ワンルームなのに どこでねるつもり?』
「そりゃ、準一さえよければ・・・一緒でもいいよ?」
「・・・」
あたしは、ベッドをポンポンと叩いて最高の微笑みを見せた。
何と言ったらいいか分からず、複雑な表情で黙り込む彼。
『オレのベッドなんだけど』と書きたいに違いない。
眉間に皺寄せ考え込むほどに、それに比例するような速さでペンはクルクル回り続けた。
しばしの沈黙の後、彼はハっとしたように顔を上げ、急いでノートにメモると自慢げにあたしの前に突き出す。
『家族とケンカしたなら あやまりに行こう オレもついて行ってあげるよ』
・・・それができるくらいなら、ここに来る筈がない。
考え抜いた末に出てきた彼の結論に、あたしはガッカリしてキイキイと反論を始めた。
「ムリムリ!ウチのお父さん頭固いんだから。っていうか、謝るつもりはないんだって。ただ、一晩泊めて下さいって言ってるんだよ!明日には出て行くから。今晩だけ、お願い!」
『お父さんとケンカしたの?理由は?』
「え、理由?そんなの・・・言えないって。ほら、思春期の反抗期だからさ!大した理由はないって。よくあるじゃん、お父さんと娘の確執って」
支離滅裂になってきたあたしの話に、準一の顔はどんどん険しくなっていく。
無理もない。
自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。
だからと言って、まさか出会い系サイトで会った相手からお金取って、それが父親にバレたなんて言える訳ない。
『思春期はとっくに過ぎただろ? 何をかくしてるの? 本当のこと教えてくれ』
「あたしの事、聞かないって言ったじゃん! あー!もう!いいよ。そんなに言うなら準一には頼まない!急にお邪魔してゴメンね。さよなら!」
ついに逆切れしたあたしは、呆気に取られる彼に怒鳴った。
準一が生真面目で、時々融通が利かないほど強情だったのを忘れていた。
一晩くらい軽自動車の中で寝ればいい。
そう思って玄関で靴を履いた時、肩をグっと掴まれた。
振り返ると、準一が苦笑しながらあたしを見つめている。
「・・・何よ?」
『よく分からないけど 困ってるならほっとけない 同じベッドでよければ とまる?』
サラサラっとノートに書かれたメッセージに、あたしは思わず目を潤ませた。
地獄に仏。
捨てる神あれば救う神ありだ。
田舎で一晩の宿を頼むTV番組の売れない芸人の気持ちが、これほど身に染みて分かった事はないだろう。
あたしは思わず彼に飛びつき、細い体にしがみ付いた。
「ありがとう、準一!ホントに助かったよ。しかも、あたしお腹空いてるんだ・・・」
コンロの上に置きっ放しのフライパンが視界に入って、あたしのお腹が変な音を立てた。
・・・しょうがねえな、って言っているに違いない。
彼の困ったような、でも少し嬉しそうな笑顔から、出ない筈の彼の声が聞こえてくるようだった。
◇◇◇
ワンルームのフローリングに置かれた小さな折り畳み式丸テーブル。
あたしと準一はそれに向かい合って座って、さっきまで彼がフライパンで焼いていた焼肉を突付いていた。
食器が無い為、フライパンに乗ったまま食卓に現れた焼肉に、あたしは思わず笑ってしまった。
当然、茶碗もないので、あたしのご飯は彼の大きめのマグカップに盛られた。
日常的に利用しているコンビニ弁当のお陰で、割り箸だけは腐る程蓄えられていた。
フライパンの上の焼肉は、単なる焼いた豚肉でそれ以上でも以下でもなかった。
野菜が入っている訳でもないし、そもそも肉に味がしない。
塩も胡椒も振ってないようだ。
それでも、九死に一生を得た気になっていたあたしには御馳走だった。
「おいしいよ!準一。料理まで上手なんだね」
見えすいたお世辞を言ってやると、彼は片方の眉だけ上げて睨んで見せた。
『そんなワケない 塩がなくて味がついていない オレはおいしくない』
「あ、塩切らせてたんだ。そうだね、焼肉のたれでもあればね・・・。明日、仕事帰りに買っておいてあげようか?あたしの食器も要るし・・・」
それを聞いた準一は、今度は両方の眉を吊り上げて目を見開いた。
『今日だけじゃないのか?』
「・・・その、準一さえ良ければ、しばらく・・・ダメ?」
上目遣いでパチパチ瞬き攻撃しながら、あたしはお願いしてみる。
このフェロモン攻撃は、彼の前では全く功を奏さなかった。
毅然とした顔で、彼はノートにペンを走らせ厳しい顔であたしに見せる。
『ダメじゃないけど 理由は教えてほしい あと オレからミユキはここにいるって電話するよ お父さん心配するから それでもいい?』
「声出なくてどうやって電話すんのよ?」
大事な事を思い出した準一は、ハっと顔を上げた後、困ったように髪をかき上げた。




