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同居 2

「美由紀!待ちなさい!話はまだ終わってない!」

「話すことなんてないじゃん!あたしがここからいなくなれば万事OKでしょ?もう、ほっといて!」


 父親の怒鳴り声を振り切って、あたしは階段を駆け上がると、真っ直ぐに自分の部屋に飛び込んだ。

 押入れの中から旅行用の大きめスポーツバッグを引っ張り出して、その中にどんどん服を押し込んでいく。

 会社の制服と開襟シャツが何枚かあれば、取り合えず仕事には行ける。

 後は下着にストッキング、化粧ポーチがあれば何とか生きていけるだろう。

 当てもないまま、あたしは家を出る準備をテキパキと進めていった。


 涙を腕で拭いながら、あたしはパンパンに膨れ上がったスポーツバッグのチャックを閉めて肩に担いだ。

 振り向いた途端に、開けっ放しのドアの前で突っ立ってた兄貴と眼が合った。

 その優等生ヅラを見ただけで、あたしはムカついて思わず罵詈雑言を浴びせかける。


「いい気味だって思ってんでしょ?あんたの言う通り、あたしここから出て行くから。念願叶って良かったね。これで家族の恥がいなくなるし、あんたも気兼ねなくパラサイトできるじゃん」

「・・・出て行くってどこ行くんだよ?」

「関係ないし。大丈夫だよ、あんたの言う通り、体で払って男のとこ住まわせて貰いますからね!」

「俺や父さんが言いたいのは、そういう事じゃないだろ。どうしてお前は分かんないんだよ!?」

「何よ!偉そうに! あんたがあたしに何してくれたってのよ? 保護者ヅラすんなつってんの!」


 全く平行線の口論に、博史はうんざりしたように溜息をついて宙を仰いだ。

 そしてポケットから名刺を取り出して、あたしの方に差し出す。

 そこには彼の職場の部署の名前と、プライベートの携帯番号が書いてあった。


「お前はどうしようもない子供だよ。いいよ。一度、家から出て自力で生活してみな。痛い目に遭ってみるといい。そうすれば俺達が言いたかった事が分かるから。どうしても困った時は、俺に連絡しろ」

「余計なお世話です! あんたなんかに連絡する訳ないし!」

「いいから持ってけ!」


 急に声を荒げた博史の迫力に、あたしは一瞬ビクっとして黙り込んだ。

 体も大きくて精悍な顔立ちのイケメンが本気で怒ると、兄貴とは言えどもちょっと怖い。


「・・・分かったよ。でも、電話なんかしないからね」

「用がなければする必要ない。便りがないのは良い便りだからな。困った時だけ連絡しろ」


 あたしの手に名刺を押し付けて、博史はそれだけ言うとクルリと背中を向けて階段を降りて行った。

 これは、彼なりの愛情なんだろう。

 でも、それをありがたく享受するほど、あたしは大人ではなかった。

 スポーツバッグのポケットに名刺を押し込むと、あたしはスポーツバッグの重さによろけながら部屋を出た。


 階段を降りて玄関に続く廊下を通った時、キッチンのドアは閉まっていた。

 あんなに怒鳴っていた父親の声はもう聞こえなかった。

 博史が激昂している父親を宥めてくれているのかもしれない。

 どの道、今までありがとうございました、なんて別れの挨拶なんかするつもりはなかったので、あたしはキッチンをスルーして玄関のドアを開けた。

 途端に、さっきより更に冷たくなった真冬並の風が吹き込んでくる。

 世間の厳しさを暗示するかのような向かい風の中、あたしは車に向かって歩き出した。



◇◇◇◇



 それから僅か20分後。

 結局、行く当てのなかったあたしは、さっき別れたばかりの準一の住むマンスリーマンションの前にいた。

 彼と再会した一昨日の夜、彼のスクーターに誘導されてここまで来た事を思い出したのだ。

 あの時、場所覚えておいて本当に良かった。

 彼のケータイ番号もまだ聞いてなかったし、聞いていたとしても声の出ない準一と電話で話すのは困難を極めそうだ。

 スポーツバッグを担いで、あたしはマンションの階段を二階までよろよろと登っていった。

 彼の部屋の前まで来ると、キッチンと思しき窓と換気扇から白い湯気が外に出て行くのが見える。

 湯気に混じって焼肉の匂いがしてきて、あたしは思わずお腹を押さえた。

 思い切って呼び出しブザーを押すと、ドアの後ろでガチャガチャとチェーンロックを外す気配がする。


「・・・!?」


 少し開いたドアから準一が顔を出して、あたしを見るなりそのまま硬直した。

 よほど驚いたのか、声が出ない事も忘れて口をパクパクさせて何かを言っている。


「・・・ごめん。また来ちゃった。迷惑?」

「・・・」


 あたしの言葉に彼はブンブンと首を横に振って、あたしをドアの中に招き入れた。

 玄関開けたらすぐキッチンという構造上、コンロの上に乗って良い匂いを拡散しているフライパンがすぐに視界に入った。

 見覚えのある半分ベッドに占領されたワンルーム。

 あたしは前と同じようにベッドの縁にちょっとだけお尻を乗せて遠慮がちに座った。

 準一はしばらく部屋の中をウロウロと歩き回っていたが、やがてデートの時に持参してきていた大学ノートを持ってきてペンで書き始める。


『どうしたの? 忘れ物?』


「違うよ。準一にお願いがあるの」


 彼は首を傾げて、ん?という顔をしたが、笑みを浮かべてまた書き始めた。


『何?オレにできること?』


「あたしをここに泊めて欲しいの。あたしもう家には帰れないの。準一と一緒に住みたいの。お願い!」



 返事の代わりに、準一の顔が口を開いたまま硬直した。




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