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再会 2

件名 予定変更

本文 ゴメン、今日会えない。嫁が突然子供と一緒に帰ってきた。

また連絡する。




 彼からこんなメールが来たのは、約束の時間もとっくに過ぎた夜9時頃だった。

 行く当てがなくなったあたしは、駅前のコイン駐車場に車を止めたまま、ボンヤリと彼からの連絡が来るのを待っていたのだ。

 今頃返信してくるとは、あたしと会うことなんて完全に忘れていたらしい。

 直接マンションに行ってて、嫁と鉢合わせしてたらどーするつもりだったんだか。

 幸か不幸か、あたしはその前に地雷を踏んで勝手に自爆した。

 神様の計らいと感謝すべきなんだろうか。


 文句を言える立場でないのは分かってる。

 おバカなあたしでも、身の程はわきまえてるつもりだ。

 世に言う不倫の関係で、妻の妊娠中の里帰りに隙をついて幸せな家庭にヒビを入れてるのはあたしなんだ。

 彼の家庭を壊すつもりもないし、奥さんに何の恨みがあるわけでもない。

 むしろ謝りたいくらいだ。


 でも、だからと言ってこの関係を止める勇気はあたしにはなかった。

 イケメンで優しくて、セックスの相性もバツグンで、何と言ってもお金を持っている。

 彼は大手商社の営業マンで、今まで付き合った男でこんなに金払いがいいのは初めてだった。

 この不景気の時代、本物の恋人に割り勘させる男が主流だってのに、さすが年上の貫禄だ。

 彼の車でお姫様みたいに連れ回されて、ラブホじゃないホテルにエスコートして貰うのは私の至福の時だった。


 もう一つの理由は、彼の他にあたしには頼るものがないこと。

 夢も希望も将来もない、しがないOLが唯一心の支えにしているのは彼と会える金曜の夜だけだった。

 それを奪われたら、あたしに何が残るだろう。

 もはや生きてる意味さえ無くなるような気がした。


・・・いいじゃん。

 奥さんは彼と子供と安定した将来が約束されてんだから。

 週一回くらい貸してくれてもいいじゃん。

 ちゃんと返すから、夢くらい見せてくれてもいいじゃない・・・。



 気が付いたらポロポロと涙が零れ落ちていた。

 泣いたのなんて久し振りだ。

 クールで現実主義のあたしにも、こんな感情が残ってたのは自分でも驚きだった。

 あたしはティッシュを掴み取り、ズズっと鼻をかんでから、ハンドルに引っ掛けてあるゴミ袋に押し込む。


 ああもう!

 どうつけてくれるのよ、この落とし前!


 ブツクサ毒を吐きながら勢い良くドアを開けると、あたしは夜の街に向かって歩き始めた。




 晩秋と言うより、もはや冬に近い寒さだった。

 しけた田舎の駅前は軒並み店仕舞いしていて、木枯らしでシャッターがガタガタ音を立てているのが尚、物悲しい。

 この自称繁華街で唯一賑わっている場所が、ロータリーの反対側に位置するマクドナルドだ。

 家に帰っても、外泊の予定だったあたしに晩御飯は用意されていない。

 無意識に足が向かったのは、人恋しさか、空腹ゆえか・・・。

 とにかく、あたしは明かりを目指す蛾の如く、ノロノロとマクドナルドに向かって歩いていた。


「フィレオフィッシュセット、ドリンクはホットコーヒーで。」


 横柄な態度で注文したあたしに、カウンターの店員は笑顔すら見せて素早くトレイを用意し始めた。

 さすがスマイル0円だ。

 高校生だろうか。

 ショートカットの爽やかな女の子だった。

 すっぴんの肌がピンク色でツヤツヤしている。

 たった5年前まではあたしだって高校生だったのに、どうして今、こんなにどん底なんだろう。

 どこで間違って、こんな擦れた女の子になっちゃったんだろう。


 溜息をついた時、後ろに人がいるのに気が付いて、あたしは慌てて場所を譲った。

 レジの横で待つのはマクドナルドの常識だ。

 後ろの人は待っていたかのように、スっと前に出る。

 背の高い男性だ。

 モスグリーンの上下揃いの汚れた作業着から、鼻にツンとくる車のオイルの匂いがした。

 伸ばしっ放しの黒髪は、何年も彼女がいない事を物語っているようだ。

 典型的な日本のブルーカラーの様相に、セレブな生活を夢見るあたしには何の興味も湧かなかった。


 それなのにあたしが思わず彼を見つめてしまったのは、彼と店員とのやり取りが異様だったからだ。

 彼は黙ったまま、カウンターに置いてあるメニューを指差して店員に見せた。

 さっきのショートカットの高校生は、キョトンとした顔で首を傾げる。

 男性は訴えるような、悲しげな表情で、メニューを指さしたまま店員を見つめた。


「あ、テリヤキバーガー?セットでいいですか?」


 ようやく理解してくれた店員に、彼はホッとした顔で首を縦に振った。

 だが、次の難関が彼を待っていた。


「お持ち帰りですか?こちらでお召し上がりですか?」


 相変わらず黙ったまま、彼は指で床を指した。

 ここで食べたいということか。

 聞こえている筈なのに絶対に喋ろうとしない彼のジェスチャーが面白くて、あたしは横で二人のやり取りを凝視していた。

 あたしの視線に気が付いたのか、突然、その彼がこちらをクルリと振り返った。

 その顔を正面から見て、あたしも絶句する。


「ホンダ君・・・だよね?」


 目の前に立っている作業着の男性もあたしを見て、目を大きく見開いた。



 あたしの記憶に間違いがなければ、彼は本田準一。

 中学生の時、あたしが初めて付き合った、初めての男の子だった。



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