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過去 1

 冷たい風が吹いてはいたが、空は澄み切って晴れ渡り、清々しい日だった。

 車なしの学生デートをするには若干寒さが堪えるが、まずまずの日和だ。


 東郷中学校前から、あたし達は準一の希望通り、彼が住んでいた市営住宅に続く通学路を手を繋いで歩き出した。

 こんな片田舎では、いい年した男女が歩道をノコノコ歩く姿は滅多に見られない。

 年寄りでも自転車感覚で車の運転をするこの地方では、若者が道を歩く事は殆んどない。

 そう言うあたしだって、寒空の下、自分の足で歩くのは久し振りだ。

 つまり、あたし達は結構目立っていたに違いないが、内気だった準一が案外堂々とあたしの手を引いていくので、大人しく従うしかなかった。

 そして、見栄っ張りのあたしにしては、それが嫌ではない事に自分でも驚いていた。


 準一は時々、あたしの顔色を窺うように体を屈めて近づく。

 細面のシャープな輪郭に、優しそうな目元が少しアンマッチだ。

 でも、その目が意外と睫毛が長かったり、男性にしては色白で肌がキレイだったり、女の子っぽかった面影はあちこちに垣間見れる。


「準一って、案外カッコ良かったんだね。あの頃は女の子っぽくて、あたしと同じくらいの大きさだったのに。職場でモテるんじゃないの?」


 冗談めかして言ってやると、彼は心外だというように目を見開いて首を横に振った。


「モテないの?」

『もてるわけない 声かけれないのに それにオレはかっこよくない』


 後ろ向きで歩きながら、準一はノートに書き殴って、あたしの前にドンと突き出す。

 自虐的な発言を何故か威張って見せるのが可笑しくて、あたしは笑った。

 それがまた理解できないように、彼は首を傾げる。


『オレ またヘンなこといった?今日はよくわらうね』


「バカね。そういう所が可笑しいの」


 理解はできないものの、あたしが笑っているのが彼には満足だったようで、笑みを浮かべるとまたノートに書き出す。


『みゆきが笑ってくれるならいい オレはおもしろいこといえないから 疲れてきたらえんりょなくいって』

「大丈夫。面白いよ。準一といると楽しいし、喋らなくても平気」


 彼を安心させようと言った事だったけど、これは本当だった。

 準一といると喋らなくても落ち着くのだ。

 あたしは元来、社交的な女ではなくて、寧ろ無口で孤立するタイプだ。

 それ故、何度もイジメの対象になってきた訳なんだけど、よく喋るようになったのは、ネットで男を探すようになってからだった。

 テンションを維持する為、つまらない女だと思われないように、相手に合わせて話題を作ることも上手くなってきた。

 でも、準一とは駆け引きは必要ない。

 何しろ、彼はあたしの体を求めてないのだから。


 でも、いつか・・・いつかだけど・・・。

 彼に抱かれて目覚める穏やかな朝がくるのだろうか・・・?


 その絵が突如頭に浮かんで、あたしは一人で赤面して顔を両手でパンパンを叩いた。

 意味が分からない準一は、不思議そうな顔であたしのリアクションを見つめて首を傾げる。


 その日に出合った男と、いきなりラブホに直行してたこのあたしが、考えただけで動揺するなんて。

 でも、甘い考えはまだ持つべきではない。

 何しろあたしは、初日に拒否されている。

 その理由が、彼の抱えるトラウマによるものなら・・・。


 準一は後ろ向きで歩きながら、黙ってしまったあたしを見つめている。

 喋れない分、彼はあたしの考えている事が聞こえているんじゃないかって心配になって、あたしは口を開いた。


「準一、あたしが考えてる事、分かる?」

『想像はつく どうしてオレがそういう行為をしたくないのか みゆきはずっと考えてる そんなに知りたい?』


 ズバリ言い当てられて、あたしは少し怖気づきながらも首を縦にコクンと振った。

 言いたくないと言われても、付き合う以上、これを避けて通る訳にはいかない。

 何しろ、あたしはセックス依存症だんだから。


『自分から 付き合ってくれっていったクセに 言わないわけにはいかないよね でもきらわないでくれ』


 彼はそう書いたノートをあたしに見せると、そのまま黙ってあたしの手を取って歩き出した。



◇◇◇◇



 20分くらい歩いただろうか。

 あたし達は10棟程並んだ集合団地の前に来た。

 古びた滑り台がポツンと佇む、小さな公園を通り過ぎて、彼はあたしを「6」と書かれた棟まで連れてきた。


 始めは白かったであろう壁は、今となっては黄ばんだ地肌に雨の後がうっすら浮かび上がって、著しく老朽化している。

 市内でも有名な低所得世帯が集まる団地だったので、さほど驚きはしなかった。


 準一は黙ったまま。遠い目で団地を見つめている。

 その唇が動いたのを見て、彼が「カ・ワ・ラ・ナ・イ」と呟いたのが分かった。


 凝視しているあたしを見下ろし、彼は少し表情を緩めた。

 そして、ノートを広げてまたペンをクルクル回し始める。

 何度か書き始めようとしては、ペンを回して、しばらく悩んだ後、やっとノートに書き始めた。

 それを見て、あたしは思わず息を呑んだ。


『オレの母親は 体売ってこづかいかせぎしてた 時々オレも強要された この団地で けいべつする?』

 



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