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リセット 3

 いいカッコしいの博史のお陰で、あたしは最悪な気分で寝る羽目になった。

 親が心配してるのは、おバカなあたしにだって分かってる。

 だからと言って、パラサイト博史にあんな言い方をされる謂れは全くない。

 あいつこそ、さっさと結婚して家出てけばいいのに・・・。


 自分のことは棚に上げて毒づいている内に、あたしは眠りにつき、目覚めた時には既に太陽が昇っていた。

 無意識に時計を見るともう9時を回っている。

 何か大切な用事があったのを思い出して、あたしは寝ぼけた頭を必死で働かせた。

 そうだ、準一と約束したんだっけ。

 朝の10時に中学校の校門前で待ち合わせだった筈だ。

 あたしはベッドから飛び降りて、ジャージを勢い良く脱いだ。


 今日は「中学時代に戻りたい」という準一の希望により、カジュアルな装いにしてみる。

 ジーンズにシンプルなTシャツ、ユニクロで買った防寒対策用モコモコのパーカー。

 あたしにしてはボーイッシュなスタイルだ。

 鏡で全身をチェックした後、あたしは部屋を飛び出した。


 何かお腹に入れようとキッチンに立ち寄ってみると、流し台に向かっている母親が目に入った。


・・・親に心配かけんな。


 昨晩の兄貴の言葉が脳裏を掠める。

 が、あたしは、そ知らぬ振りでキッチンに入った。

 ダイニングテーブルに置いてあったロールパンの袋を掴んだ時、気配に気付いた母親がクルっと振り返った。


「美由紀、いつ帰ってきたの?昨日はどこで食べてたの?お母さん、夕飯の用意して待ってたのに・・・」


 そう来ると思った。

 博史が突然、変な事を言い出したのには、何かがあったに違いないからだ。

 あたしは首を竦めて、曖昧な笑みを浮かべる。


「友達の所。連絡しないでゴメンね。じゃ、今からあたし出かけるから」

「・・・美由紀、お父さんが話があるって言ってるの。今日は早く帰って来れない?」

「分かんない。帰る時に電話するよ」


 お説教が始まる気配を感じて、あたしはロールパンを口に咥えてキッチンから出た。

 父親が話しをしたいって何だろう。

 ま、あたしにとっていい事ではないのは確実だ。

 嫌な事は後回しにする主義のあたしは、そのまま洗面所に向かった。

 今日は睫毛はやめてナチュラルな感じに顔を作らなくては。

 あたしにとって親の小言より、自分の本日の顔を作る方がよっぽど重要事項だった。



◇◇◇◇



 自宅から歩いて15分くらいの所に、あたしと準一が通った中学校がある。

 職場と方向が違うので、卒業してからは近寄る事もなかった。

 それが準一を忘れていた要因の一つでもある。

 久し振りに通い慣れた通学路を歩いてみると、否応なくあの頃の思い出が蘇ってきた。

 柄にもなく、せつない気持ちになって、あたしは空を見上げる。

 風の強いこの街に、今日は更に冷たい風が吹き付けていた。

 もうすぐ12月。

 クリスマスも近いんだから、季節的には妥当な寒さだ。


 やがて、中学校の校舎が視界に入ってきた。

 あの頃は大きいと思っていた校門の鉄の柵が、意外にも小さくて不思議な気分になる。

 そして、市立東郷中学と書かれた大きな石の看板にもたれている人。

 細くてひょろ長いシルエットは、間違いなく準一だ。

 腕時計を見ながらキョロキョロしているのは、あたしを探してるんだろう。

 子供のデートみたいに準一が待っててくれたのが嬉しくて、あたしは早足で彼の元に向かう。


「準一!おっはよ!」


 駆け寄って来るあたしの姿に気付いて、彼は笑顔を浮かべながら、既に小脇に抱えていた大学ノートを開いてみせる。

 見開き2ページを使って『おはよう』と色を使って書かれている。

 使いそうな言葉は先に用意しておいたらしい。

 準備が良すぎる彼に、あたしは大笑いしてしまう。

 何故あたしが笑い転げているのか分からない様子で、準一は首を傾げた。


 2日続けて見た準一は、工場の作業着姿で疲れた印象だった。

 その姿は例えるなら野麦峠の女工だ。

 彼自身が痩せ型なせいもあるが、働いても這い上がれないワーキングプアを体現しているようだった。

 だけど、さすがに今日は私服を着ており、前日よりは若く見えた。

 黒いタートルネックに寒色系のチェックのネルシャツ、シンプルなストレートジーンズにスニーカー。

 本当に中学生みたいな装いだ。

 ひょろ長い彼の体型に、少年っぽい服装は良く似合っていた。


『何かおかしい?』

「・・・可笑しくない。準一、変ってないね。その天然の生真面目さ」


 あたしの褒めてるのかどうか分かりにくいコメントに、彼は再び首を傾げた。


「いーのいーの。忘れて。ね、今からどこ行く?残念だけど中学校は今日入れないみたいだね」


 誰もいない校庭を見つめて、あたしは彼の顔を覗き込む。

 大抵、子供のサッカーチームなんかが練習していて校門は開け放されている筈なのに、今日に限って誰もいない。

 いい大人が二人で校門を這い上がって不法侵入するのは、さすがに気が引けた。

 彼は少し上を向いて考えた後、ペンをクルっと一回転させてノートに書き込む。


『オレが住んでた団地 いっしょにきてくれる?そこでオレは声を失った 今どうなってるか見たい』


・・・いきなりヘビィなの来た。


 言葉に詰まって、あたしは彼を見上げる。

 声を失った場所、つまりは暴行されて瀕死の状態で発見された忌まわしい場所じゃないのか。


 彼と付き合うって事は、彼の背負ってる過去やトラウマにも向き合うって事になるんだ。

 そこまでの覚悟は当然なかったあたしは一瞬怯んだ。

 だけど、縋ってくるように見つめる彼の目力に逆らえる筈もなく、しばしの沈黙の後、あたしはコクンと頷いた。



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