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リセット 2

中学生みたいな「これから付き合います」宣言をしたあたし達は、その夜、名残を惜しみながら別れた。

ベッドインせず、その日の内に帰ってくるなんて、今までのあたしには考えなれない事だったけど、その理由は二つある。

昨夜の気まずい雰囲気を思い出して、彼のアパートには何となく行きたくなかった事。

そして最大の理由は、昼からホテルで過ごしたノブリンとの情事の痕跡が体に残っている事が心配だったことだ。

 アパートに行ったからと言って、必ずセックスする訳じゃないかもしれない。

 でも、あたしの経験上、何もしないで夜を共有する事は有り得なかった。


 イルミネーションが反射する噴水の水面はキラキラ光っていて、あたし達を祝福してくれているようだった。

・・・なんて、柄でもない事を思ってしまったのは、あたし達の心が完全に中学生の時にトリップしていたからに違いない。

 噴水の光に照らされた準一の顔は、恥ずかしそうで、でも真剣で、とても嬉しそうだった。

 女の子みたいだった昔の面影は残っているものの、あたしを見下ろすくらい大きくなった今の彼は、骨ばってるけど逞しくて、一人の男へと成長していた。

 彼の目には、苛められっ子だったあの頃のかわいいミユキちゃんが映っていた事だろう。

 例え、外見はイケイケバカ女だったとしても。


『明日会える? 仕事休みだから デートの続きしたい』


 別れ際、彼はそう書かれた大学ノートをあたしに見せた。

 日曜日にデートなんて、学生の時以来だったあたしは、ちょっとドキドキしながら頷いた。


「いいよ。どっか行く?車出そうか?」


『歩いて中学校に行きたい ベタだけど 一緒に通学路歩きたい ダメ?』


 彼は照れ臭そうに、髪をかき上げながらノートを見せた。

 それが微笑ましくて、あたしも思わず顔が緩む。


「いいよ。じゃ、セーラー服着てこようか?ジャージがいい?準一も学ランで来てよ」


 冗談に決まってるのに、あたしがそう言うと彼は本気で顔を赤らめた。

 慌ててノートに殴り書きをして、突き出してみせる。


『学ラン もう無理 大きくなってサイズがあわない でもミユキはセーラー服でいいと思う』


「・・・バカ。冗談に決まってるでしょ。あたしだって無理だよ」


 彼の生真面目さはあの頃のままらしい。

 更に赤面している準一がかわいくて、あたしは笑った。



◇◇◇◇



 最終バスで自宅に帰ってきたあたしは、まずバスルームに直行した。

 脱衣所の全身鏡でチェックすると、やっぱり体中にノブリンのつけたキスマークが点在していた。

 今夜、準一と何もしないで別れたのが間違いじゃなかった事に、あたしは安堵する。

 ホテルでシャワーを浴びたばかりだったので、5分ほど湯船に浸かってからさっさと出た。


 いつものジャージを着てからキッチンに忍び込み、何か食べれるものはないか探してみる。

 夕飯はとっくに終わってたが、几帳面な母親は残り物は必ずタッパーに取っておく。

 それは翌日の朝、再び登場するのだが、深夜に帰ってくる事が多いあたしにはありがたい事もある。

 夜食としてこっそり頂戴する事ができるからだ。


 大手メーカーの重役の父親と専業主婦の母親、あたしと違ってデキのいい地方公務員の兄貴がこの家には住んでいる。

 一般家庭より若干カタそうな家族構成にも拘らず、あたしは自由奔放にやっていた。

 両親はあたしには全く期待していなかったので、深夜に帰って来ようが、泊まって来ようが何も言わなかった。

 いや、最初は言い過ぎたくらいだったけど、あたしが全く耳を貸さなかったので諦めたんだろう。

 テキトーな男見つけてさっさと嫁に行って欲しいというのが本音かもしれない。


 冷蔵庫からタッパーに入っていた手羽先の唐揚げを発見して、レンジで温めてからかぶり付く。

 明日の朝食にしては多めに残っているのを見ると、あたしの分まで用意していたのかもしれない。

 そう言えば、今日は家族と顔を合わさず家を出たんだっけ・・・。


「美由紀、帰ってんのか?」


 突然、階段の方から低い声がして、あたしは手羽先を咥えたまま飛び上がった。

 顔だけ声の方向に向けてみると、あたしと同じくジャージ姿の兄貴が柱にもたれて突っ立っている。

 傍から見たらイケメンの部類に入るであろうこの兄貴とあたしには、共通項が全くない。

 性格的にも合わない事はお互い自覚している。

 露骨に嫌な顔をして、あたしは兄貴を睨んだ。


博史ひろしこそまだ起きてたの? 何か用?」

「うるせえ、お前なんかに用はねぇよ」


 用はないと言いながら、博史はあたしが座っているダイニングテーブルの反対側の椅子に座り込んだ。

 更に嫌な顔をして、あたしは正面に座り込んだこの兄貴の顔を憮然してと見つめる。

 向かい合って座った事なんか、何年か前の親戚の法事の時以来だ。

 兄貴は手場先にかぶり付いているあたしを、軽蔑したように見下ろして溜息をついた。


「お前な、どこで何やってるのかは聞かないけど連絡くらいしろよ。母さん、心配してんだぞ?」

「博史に関係ないじゃん。ほっといてよ」


 博史の秀才顔がムカっとして赤面した。

 あたしも負けずに眉間に皺を寄せる。


「生活リズムを乱すヤツがいると家族が迷惑すんだよ!」

「あんたに迷惑かけてないじゃん。何よ、エラソーに! あたしの事なんかどうでもいいくせに」

「ああ、俺はお前の事なんてどーでもいいんだよ!親が可哀相だって言ってんのが分かんねーのか、このバカ女!」

「はあ!?あんたにバカ女って言われる筋合いはないんだけど?自分だっていい年した男のクセして実家にはびこってるパラサイトじゃん。嫌なら出てけば?」

「うるせえよ! てめぇはパラサイトどころか害虫じゃねえか。どうせ男と泊まってんなら、体で払って家住まわせてもらえよ」

「・・・サイッテー!」


 激昂したあたしは、手羽先を一本掴んで博史の顔に投げつけた。

 ヒョイと軽く頭をずらした博史の顔を掠めて、手羽先は床に落下した。

 同時にあたし達はガタガタっと立ち上がって、テーブルを挟んで睨み合う。


「・・・親に心配かけんな。自由にやりたいならこの家から出てけ。俺が言いたいのはそれだけだ」


 低い声で博史はあたしに言うと、くるりと背を向けてキッチンから出て行った。


・・・ムカつく!

 でも、あたしの事が家族内で問題になっている事は、彼の口振りから理解できた。



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