リセット 1
駅の前からバス停に至るまでの小さな空間には、小さいけれど噴水があって、それを囲むように並んだベンチにはカップルが座っている。
クリスマスを意識してか、この田舎の駅前でも並木にはイルミネーションが施され、それなりに雰囲気を作っていた。
あたし達は手を繋いで、イルミネーションが反射する噴水まで歩いてきた。
傍から見たら、おそらく異色のカップルだ。
工場からそのまま出てきたような作業着姿の準一に、いかにも遊んでそうな厚化粧のあたし。
あたし達がまさか同級生だとは誰も気が付かないだろう。
幸い、夜の闇とクリスマスモードで光り輝く街並みのお陰で、あたし達は人目を気にすることなく歩く事ができた。
カップルが並ぶ噴水の前のベンチにあたし達は腰を下ろした。
噴水の水音に混じって、どこからかストリートミュージシャンの下手なアコースティックギターの音が聞こえてくる。
しけた街だと思ってたけど、それなりにロマンティックだ。
それは、あたしの隣に座っている準一の効果だという事も否定できなかった。
経験は豊富なあたしだけど、まともに「好きだ」と言われたことなど今までになかった。
今まで付き合いのあった男どもはみんな体目当てで、恋愛感情を持たれたことなんかない。
彼に正面から「今でも好き」だと言われて、あたしは実は嬉しかった。
それが昔のあたししか知らなかったからだとしても。
ベンチに並んで座ったまま、あたし達は黙って前を向いたまま噴水を眺めた。
「きれいだね」
光る水飛沫を見つめてあたしがそう言うと、彼はさっきからずっと手放さない大学ノートを広げて、また何か書き始める。
『今日 また会えてうれしい 怒ってしまったかと思ってた オレに会いにきてくれたの?』
あたしは返答に詰まった。
まさか、浮気がバレたセフレに駅前に置き去りにされたから、とは言えない。
あやふやな笑顔を作って、あたしは適当な返事をした。
「ま、まあね。怒ったのは悪かったわ。ごめんね。きっと準一にも色々事情があるんだよね?」
準一は深刻な顔になって、ペンをクルクル回しながら考え込んだ。
考え込むと無意識にやってしまうみたいだ。
宴会の一発芸くらいにはなりそうな見事なペン回しに、あたしは見とれてしまった。
『いろいろあって オレは精神がこわれてる きらわれるのが怖いからいいたくない オレは昔とちがう』
しばしの沈黙の後、ノートに書かれたその言葉にあたしは首を傾げる。
精神に問題があるってさっきも言ってたっけ。
彼に一体、何があったのか。
喋れない他にも何が障害があるのか。
「・・・でも、言いたくないんだね?」
そう聞いてやると、彼はコクンを首を縦に振った。
昔と違うのはお互い様だって言ってやりたかったけど、嫌われるのが怖いのはあたしも同じだ。
あたし達が今、共有しているのは、中学3年生の時のあの4ヶ月の思い出だけなんだ。
その後、彼がどんな目に遭って、どんな風に変ったか、あたしには分からない。
同時に、苛められっ子だったあたしが、その後、どれだけ遊んできて、どれだけ汚れてしまったか、準一には想像もつかないだろう。
なのに、嫌われるのが怖くて、お互いの闇の部分を曝け出せない。
それなら、言わなければいいんじゃない?
あの頃の思い出だけで、これから二人で歩き出せない?
都合のいいことを考えて、あたしは彼に体を寄せた。
「言わなくていいよ。あたしも聞かない。その代わり、準一もあたしの事、聞かないでくれる?」
彼は一瞬、意味が分からないように首を傾げた。
が、すぐにノートにサラサラと書き始める。
『きみがそう希望するなら オレは聞かない ミユキはミユキだから でも それは条件?』
「条件って?」
『お互い過去は聞かないって条件なら オレとまた付き合ってくれますか?』
ノートをあたしに見せてから、彼は照れたように笑ってペンを回した。
長いボサボサの前髪がかかった顔が赤くなっているのは、イルミネーションのせいではなさそうだ。
中学生に戻ったみたいな純粋な告白に、あたしはドキドキして彼を見つめる。
何で、こんなにドキドキしてるんだろう。
あたし、こんな純粋な女の子キャラじゃない筈なのに・・・。
ノブリンが見たら、「何、かわい子ぶってんだ」って大笑いしそうなほど、あたしは緊張で固まっていた。
「・・・あたしで良かったら」
オズオズと言ったあたしの言葉に、彼は小さな男の子みたいにガッツポーズをして見せる。
そしてノートの見開き2ページを使って、大きな字で書き殴った。
『やったああ!』
もはやコントのような彼のリアクションには、笑いのセンスさえ感じる。
思わず笑ってしまったあたしの顔を、彼は嬉しそうに見つめた。
『そもそも オレたち別れてなかったよね 中学生のときから またやりなおしたい みゆきとなら 昔にもどれる気がする』
見せられた大学ノートの文字を読んで、あたしは泣きたくなった。
あたしも準一となら、やり直せる気がした。
中学校の冬休みから停まってた二人の時間を、あたしは取り戻したかった。
その空白の時間にお互いが持った傷については、できれば触れないままで。
「あたしも。昔に戻りたい。一緒にやりなおそう?」
そう言って、あたしは彼の肩に顔をくっつけた。
骨ばった広い肩。
彼は黙ったまま、あたしの長い髪をすくって抱き寄せてくれた。
リセットすればいい。
中学校で停まってた時間を、今から取り戻せばいい。
それが簡単では無い事に、浮き立ってるあたしはまだ気付いてなかった。