9.女神へラリア
「……おーい」
誰かの声で、意識が浮上する。
「おーい」
聞こえてる。だから、放っておいてくれ。もう、何もしたくない。
「起きなさいってば!」
知らない声で怒鳴られ、反射的に体を起こした。
「何回も呼んだんだから、起きなさいよね」
目を開けると、そこは何もない真っ白な空間だった。
床も壁も天井も区別がつかない。
そして――目の前に、知らない女が立っていた。
白い髪。見たこともないほど派手な服。
淡いピンクのレースがふんだんに使われたワンピースに、胸元までの白い上着。背中からは大きな羽が生えている。
金色の瞳は丸く、やけに大きい。
じっと見ていると吸い込まれそうだった。
「……え、だれ」
女は俺の顔を見るなり、肩を落とした。
「え、反応薄。まあいいわ。コホン」
わざとらしく咳払いをして、両手を大きく広げる。
「パッパカパーン!おめでとう!君は勇者候補に選ばれましたー!!」
そう叫ぶと、女は俺の周りをくるくる回り始めた。
どこから出したのか、小さな籠から花びらを掴んでは、ばら撒いてくる。
「……え? は?」
二周ほど回ったあと、女は正面に戻り、不満そうに口を尖らせる。
「なにその反応。全然ちがーう。普通はさ、“え!ほんと!?僕が!?やったー!”とかでしょ?」
俺の顔真似をしながら、わざとらしく低い声を出す。
「君の“え?は?”は0点。減点。マイナス評価」
籠を雑に放り投げ、笑顔が消えた。
「まあいいわ。私は第六の女神、ヘラリア」
女神……。
羽、派手な服、金色の瞳。見た目だけなら、納得できる。
ただ――想像していた女神と、話し方が致命的に違う。
「覚えあるでしょ?スキル。あげたわよね?」
「……女神……」
「反応うっす。はぁ……何でこんなののために“理”作ったのかしら……」
「……理ってなんだ?」
「あーはいはい。いいの。こっちの話」
女神ヘラリアは興味を失ったように、羽でふわりと浮き、俺の頭上をぐるぐる回り始める。
「スキルって……この前もらったやつか?」
その瞬間、女神がぴたりと止まった。
「……そうよ」
声の調子が変わる。顔を伏せ、両手を震わせている。
泣いてる?……いや。
「私があげたんだから!普通は一個なの!一個!!」
怒鳴るたびに、羽が一枚、また一枚と抜け落ちる。
「“全部よこせ”って何!?イレギュラーすぎて承認通っちゃったじゃない!上からめちゃくちゃ怒られたんだから!!」
……完全にキレてる。
「……勇者に、ならないから。俺」
火に油を注ぐ。
「はぁ!?ないないない!無理、無理、無理!あんたにどんだけスキル盛ったと思ってんのよ!」
そして――
「勇者にならないなら、あの男の子、殺した意味なくなるじゃん」
――え。
俺は勢いよく顔を上げた。
女神は両手で口を押さえ、目を逸らしている。
「……男の子を殺したって、何だよ」
「言ってませーん」
口笛を吹きながら、また俺の周りを回る。
「男の子って……ファンスのことか」
心臓が、嫌な音を立てる。
「俺のための“理”って……」
「聞こえませーん!」
「……ふざけんな」
頭上にいた女神のもとに飛び、服を掴む。
右手に剣を生成し、喉元へ突きつけた。
「俺のための理ってなんだ。聞こえてるだろ」
「ちょっ……!私、女神なんですけど!?怖!まじ怖!」
「答えろ」
剣先を、羽へ向ける。
「答えないなら、全部斬る」
――パチン。
女神が指を鳴らした瞬間、俺の体は引き離され、剣も泡のように消えた。
「私の作った空間で、私に剣向けるとか、正気?ほんと信じられない」
「あんた本当にガロウとナタシアの子供なの?野蛮すぎるわ」
体が宙に浮く。もがいても、指一本動かせない。
「……父さんと母さん、知ってるのか」
女神は一瞬、気まずそうな顔をした。
「知ってるに決まってるでしょ。女神だもん」
そして、淡々と告げる。
「あんた、生まれた時から勇者候補だったの。
でも全然その気ないからさ」
「だから同い年の男の子と仲良くさせて、魔物に襲わせたの」
「ぜーんぶ、計画通り」
「……ファンスが死んだのが計画…?」
「せいかーい!ぱちぱち!」
頭が、真っ白になる。
「……ふざけんな……!」
殴ろうとする。でも体は、動かない。
「はいはい。怖い怖い」
女神は、にっこり笑った。
「あんたが勇者にならないなら、周りの人、ひとりずつ殺してくから」
「そんなの……」
「許されまーす。私、女神だからー!」
胸の奥が、ぐちゃぐちゃになる。
こんなのが、女神?
人の人生を、命を、玩具みたいに。
「……許さねぇ」
その瞬間、体が引き寄せられる。
目の前に、女神の顔。
金色の瞳が、俺を映す。
「ね?」
「勇者、なるよね?」
近い。近すぎる。
近いのに、何もできない。
――選択肢は、最初から一つしかなかった。




