8.現実
目が覚めたのは夜だった。
部屋は真っ暗で、母さんが入れてくれたのだろう水の、雫がポタッ、ポタッと机に落ちる音だけが小さく響いている。
あの日から、どれくらい経ったんだろう。
俺は、どれだけ眠っていたんだろう。
体に痛みはなく、怪我も見当たらない。
ベッドの横の机に目を向けると、コップの隣に、淡く光る青いダイヤモンドの石が三つ置かれていた。
「ああ……」
遅れて、あの日の出来事が頭の中に流れ込んでくる。
「ファンス……ファンスは……」
俺は机の上のダイヤを強く握りしめ、ゆっくりと体を起こした。
布団を抜け、音を立てないように部屋の外へ出る。
廊下は真っ暗で、物音一つしない。
父さんと母さんは、もう寝ているのだろう。
両親の部屋をそっと覗くと、二人はベッドの上で静かに寝息を立てていた。
すぐに扉を閉め、暗い家の階段を降りる。
一階に着くと、リビングの机の上には、今夜作ったのだろう野菜スープとパンが置かれていた。
[温めて食べてね 母より]
綺麗な字で書かれた、母さんの置き手紙。
いつ起きてくるかわからない俺のために、用意してくれていたのだろう。
俺は今まで、両親に感謝なんてしたことがなかった。
なんで俺が、この二人の子供として生まれたんだ、そんなことばかり考えていた。
「母さん……ありがとう」
たぶん、初めて口にした感謝の言葉。
でも、ごめん。
今は、どうしても食べられそうにない。
置き手紙を机に戻し、俺は家の外へ出た。
辺りは真っ暗で、村の夜空には無数の星が浮かんでいる。
森で夜を過ごしたことは何度もあった。
それでも、こうして空を見上げることは、ほとんどなかった。
「……綺麗だな」
気づけば、俺の足は村の外れへと向かっていた。
村の外れには、村人たちの墓が並んでいる。
手入れの行き届いた墓には色とりどりの花が供えられ、墓石には亡くなった者の名前が一つ一つ丁寧に刻まれていた。
俺はゆっくりと歩きながら、墓標を一つずつ眺めていく。
――もしかしたら、という期待と、
――無いでくれ、という願いが、
胸の中で半分ずつせめぎ合う。
五つ目の墓標の前で、俺の足は止まった。
それは明らかに新しく、他の墓と比べてもひと目で分かるほどだった。
多くの花が供えられ、小さな木製の短剣が横たえられている。
墓石には、こう刻まれていた。
〔ファンス 永遠に〕
膝から力が抜け、俺はその場に崩れ落ちた。
「あぁ……ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい……」
涙が、止まらない。
それがファンスの死を悼む涙なのか、
自分のせいで死なせてしまった後悔の涙なのか、もう分からなかった。
分かっていた。
あの日、ファンスが息をしていないのを見た瞬間から、助からないことなんて分かっていた。
それでも、どこかで思っていた。
――生きているんじゃないか。
――助かっているんじゃないか、と。
母さんは、聖女候補にまでなった凄腕の治癒使だ。
きっと治して、元気に過ごしているんじゃないかって。
「俺のせいで……俺が……俺が弱いから……
俺が、友達が欲しいなんて思ったから……」
どれくらい泣いただろう。
二時間か、三時間か。
謝っても、謝っても、全然足りなかった。
俺は、なんで生きているんだろう。
俺は……なんのために生まれてきたんだろう。
「……わかんねえよ。もう……」
代わりに、俺が死にたかった。
俺よりも、ファンスが生きるべきだった。
泣き疲れたのか、体に力が入らず、そのまま横たわる。
見上げた夜空は相変わらず綺麗で、流れ星がいくつも右から左へと流れていった。
「……ごめんなさい……」
俺は両手で目を覆い、涙を拭った。
謝っても、ファンスは戻ってこないのに。




