6.勇者の姿
最初は俺に見向きもしなかった奴らが、一斉に俺に飛びかかってくる。
三匹。さっきは殴っても傷一つ付かなかった、硬い体を持つ魔物だ。
二匹は左右から糸を吐きながら俺に迫る。一匹は正面から口を開けて襲いかかってくる。
俺は三匹の目の前から消えた。
一瞬で右側にいた奴の背後に回る。奴らはまだ糸を吐き出している。さっきまで俺がいた場所に。
勇者スキルのおかげで、普段の倍以上の速さで移動できる。高速で移動しているのに、周囲の景色ははっきりと見える。
三匹は、まだ俺が消えたことすら気づいていない。
右にいたダイヤモンドスパイダーに剣を振り下ろし、真っ二つにする。
仲間が真っ二つにされても、他の二匹はまだ気づいていない。
真ん中のスパイダーの後ろに回り、同じように斬る。
斬った感触は、まるで空気を切っているかのようだった。岩のような体なのに、力も何も使わずに斬れてしまう。
素振りをしているかのような無心で、罪悪感も恐怖心もない。ただ目の前の魔物を、ひたすら倒している。
最後の一匹が吐き出す糸を正面から切り、真っ二つにした。
ガンッと奴らの体が足元に転がる。
体についていた青いダイヤモンドが、数個、周囲に散らばった。
俺はそれを気にも留めず、ファンスに駆け寄る。
「ファンス!!!生きてるよな!!」
しかし、ファンスの体は血だらけで、目も当てられないほどの状態だった。
「ごめん…ごめんファンス」
俺は泣きながら、両手足に絡まった蜘蛛の糸をちぎり、解き放つ。
手足が自由になったとき、ファンスの手がかすかに動いた。
「ファンス?おい、聞こえるか!!」
「ブレイブか?ごめ…目が…見えなくて…」
両目はすでに失明していた。
「いい!話すな!もうすぐ母さんが来て治してくれるから!!」
「お前…魔物やったのか…すげぇな…かっこいいぜ…」
ファンスの弱々しい声に、俺は慌てる。
「もういい!話すな!!後でちゃんと聞く!!」
「ヒール!!」
回復魔法をかけるが、何も反応がない。
「ヒール!!くそ、なんで効かないんだよ!!」
頭の中に浮かぶ文字を思い出す。
〈全魔法属性〉全魔法属性を持つ。ただし、聖魔法の使用には解放条件あり。
「ふざけんなよ…」
「ヒール!ヒール!ヒール!」
何度叫んでも無反応。ファンスの呼吸が徐々に弱くなる。
ガンッ、と地面を殴る。痛みと同時に、右手が緑色に光り、痛みが消える。
自分は治せるのに、ファンスを助けられない無力さを痛感する。
ガンッ ガンッ ガンッ
何度も地面を殴りながら、「くそ!!!!!」と叫ぶ。
痛みは一瞬で消える。右手は無傷のまま。
このままファンスを抱えて母さんのところへ行く方が早いかもしれない…だが、今のファンスには移動する力は残っていない。冷静じゃない俺でも、それは分かる。
背筋にピリッと電流のような感覚が走る。
体に走った意味を、すぐに理解した。
「魔物探知…」
「ギギギ」外から聞こえる低く、大きい音。
ギュン、と音がして、俺たちを囲んでいた蜘蛛の糸の天井が消えた。
視線の上に広がる洞窟内は、一気に暗くなる。
後ろを振り返ると、洞窟の天井に届きそうな巨大な蜘蛛がいた。
ダイヤモンドスパイダーの成長形態だろう。
両目は赤く光り、背中には緑色の大きなダイヤがある。
「ギギギギ」低く、重い声。
奴は床に転がる子供の死体を見て怒っているように見えた。
どうでもいい。魔物にも感情があるとか、家族を失って悲しんでいるとか。
そんなのどうでもいい。
俺は奴に背を向け、ファンスを見る。
「ごめん、ファンス。すぐに戻る」
俺は立ち上がり、体を魔物の方に向ける。
「ごめん」
俺がこんな遊びを提案しなければ、ファンスはこんな目に遭わず、奴の子供も殺さずに済んだ。
こいつらは洞窟で静かに暮らしていただけなのだ。
自分から村を襲いに行くような魔物ではない。
俺が全部悪い。
「ごめん…」
罪悪感、怒り、悲壮感が沸き上がる。
「ギギギギ」ダイヤモンドスパイダーが襲いかかろうとする。
だが、俺の前に来た瞬間、力尽きて倒れこむ。
背中には無数の剣が刺さっていた。
固い背中の緑のダイヤにも、剣が何本も貫通している。
俺が背後に剣を錬成して刺したのだ。奴が現れた瞬間に。
奴は、死ぬと分かっていながらも、俺に向かってきた。
負けると分かっていたのに…
背中のダイヤが光り、俺の姿が映る。
元の黒い目はスキルのせいなのか真っ赤に光り、黒髪も血で赤く染まっていた。
「これが勇者かよ…」




