2.生まれてはじめて
「勇者にはならない。僕、まだ六歳だし。遊んでみたいんだ」
一度でいいから、友達と遊んでみたい。
村に友達はいないけど、みんなが楽しそうに遊んでいるのは見たことがある。
俺も、あの輪の中に入りたい。
「あなた……う、うぅ……」
母さんは、まだ泣いていた。
俺の早すぎる反抗期に耐えられないらしい。今日は本気で泣いているように見える。
「無理なら家を出て一人で生きていくから!!」
森で何度も修行した俺なら、一人で生きていくことも出来るだろう。
冒険者になって気ままに旅をするのも悪くない。
「クッ……そ、そこまで言うなら……今日は特別だ!
今日だけ! 今日だけは修行をしなくていい!」
「ほんとに!!!」
俺は父さんも言葉に食い気味に反応し、玄関の扉まですぐに向かう。
「行ってきます!!」
「今日だけだからな!」
父さんの声は聞こえていたが、返事をせずにすぐに外に飛び出した。
やった!
生まれて初めて遊べる!
初めて修行をしなくてもいいって言われた!!
俺はウキウキした足取りで、子どもたちが集まっている広場へ向かった。
「お、今日も集まってる」
この村には、俺と同い年くらいの子どもが三人いる。
男の子が二人、女の子が一人だ。
「あの! こんにちは。僕も一緒に遊んでもいい?」
最初の印象は大事だ。
礼儀正しく挨拶すること――前に助けてくれた冒険者が教えてくれた。
三人は驚いたように、同時にこちらを振り返った。
「「「……」」」
沈黙。
「あ、あの……」
挨拶、失敗したか?
同い年の子と話すなんて初めてだから、正解がわからない。
沈黙を破ったのは、真ん中に立っていた男の子だった。
俺より背が高く、赤い髪をしている。
一目でわかる。
この中で一番強くて、まとめ役なんだろう。
初対面の相手を見ると、つい考えてしまう。
誰が一番強いか。誰が一番偉いか。
……よくない癖だ。直さないとな。
「おう! 一緒に遊ぼうぜ!!俺はファンス!」
明るく言うと、両隣の二人も顔を見合わせ、すぐにこちらを向いた。
「私、ビトゥレイ!みんなレイって呼ぶから、レイって呼んでね」
「ぼ、僕は……ダブクロス……」
「ファンスに、レイに、ダブクロス……」
「おう! こいつはみんなにダブって呼ばれてるから、お前もダブでいいぞ!」
ファンスは見た目通り、明るくて気持ちのいいやつだった。
二人の中心にいるのも納得だ。
レイは、長い青髪に少したれ目。柔らかい雰囲気で、優しそうだ。
……母さんより聖女が似合ってるな。
こんなこと言ったら、母さん泣くだろうけど。
ダブは大人しそうな男の子だった。黒髪の中に、ところどころ緑色が混じっている。
前髪が長くて目が合いづらい。
少しファンスの後ろに隠れるように立っている。人見知りなんだろう。
「俺もダブって呼んでいいか?」
顔を少し覗き込むと、
ダブは一瞬だけ目を合わせ、すぐに逸らした。
「……う、うん。いいよ」
「ありがとう!」
少し照れたのが伝わってきて、俺まで照れくさくなる。
「俺はブレイブ。ただのブレイブだ」
「よろしくな!!!」
ファンスが俺の肩を組んで、ニカッと笑った。
釣られて、俺もレイも笑う。
不思議だ。
今日初めて会ったはずなのに、そんな気がしない。
……これが、友達。
初めてできた友達が嬉しくて仕方なかった。
「ブレイブくんって、ガロウさんの子どもなんでしょ?」
レイがキラキラした目で見てくる。
「え、あ、うん……」
「いいなぁ! ガロウさん、優しくて力持ちでかっこいいよね!
ナタシアさんも美人で、大好き!」
ファンスも、うんうんと頷く。
「かっこいいよなぁ!
俺も将来あんな体になりてぇよ。
俺の父ちゃんなんて、いつも母ちゃんに怒られてるんだぜ」
「怒られてるのは、ファンスでしょ!」
レイの鋭いツッコミに、みんなが笑った。
……両親を褒められたら、普通は嬉しいはずなのに。
俺はうまく笑えなかった。
俺にとっての父さんと母さんは、
全然かっこよくも、美人でもない。
修行という名目で、俺を何度も殺しかけた親だ。
正直、この三人の親のほうが羨ましい。
代われるなら、代わってほしいくらいだ。
「僕の両親の話より、遊ぼうよ!いつも何してるの?」
今日は、初めて自由に遊べる日だ。
両親の話で終わるなんて、もったいない。
「最近はね、あの木の間まで競争してるの」
レイが、少し離れた二本の木を指さす。
「一番早く着いた人が、次の遊びを決めるんだよ! やる?」
簡単そうでいい。
初めての俺にも、ちょうどいい遊びだ。
「もちろんやる!」
「じゃあ、いくよ!
よーい、ドン!」
レイの合図で、俺たちは走り出した。
――いつも、走るときは何かに追われていた。
追いつかれたら、死ぬ。
ドラゴン。
狼の群れ。
ゴブリン。
森の猛獣。
子どもの足じゃ逃げられない?
その通りだ。
何度も捕まって、
何度も――運良く助かった。
逃げ続けるうちに、俺の足は速くなった。
死に物狂いでやれば、人は変われる。
俺は一歩で、地面を五十回蹴る。
みんなが一歩進む間に、俺は五十歩進む。
……でも、それが普通だと思っていた。
比べる相手がいなかったから。
今日が、初めてだ。
誰かと一緒に走るのは。
「ゴール! 僕が一番!!」
振り返ると、三人はまだスタート地点にいた。
口を開けたまま、固まっている。
「あれ? ごめん、僕、間違えた?」
「え、すげぇぇ!!
今、一瞬で行ったよな!?」
ファンスが駆け寄ってくる。
……遅い。すごく。
「ブレイブくん、すごい!
どうやってやったの!?」
レイもキラキラした顔で近づいてくる。
褒められるのは……初めてだ。
胸の奥が、じんわり温かい。
「みんなも練習したらできるよ!」
「いやいやいや」
三人そろって、真顔で首を振る。
「ほんとだって!」
「ないない」
……これは信じてもらえないやつだ。
「でも勝ったのはブレイブだ!
次の遊び、決めていいぞ!」
「遊びか……」
正直、知らない。
いつも森で修行してたから。
「あ! じゃあ、森に行こうよ!
面白い遊びがあるんだ」
昔の修行で、
ちょっと楽しかったやつがある。
「森って、危なくない?」
「僕、行ったことない……」
「俺は父ちゃんと薬草取りに行ったことあるけど……すぐそこだな」
……普通の子どもは、村を出ないんだよな。
それに比べて俺は――
あの勇者に取り憑かれた両親め。
一瞬、殺意が湧いた。
……いや、ダメだ。さすがに。
「まぁ、今日はブレイブもいるし、大丈夫だろ!」
ファンスの声は、安心させる力があった。
レイも「いこいこ!」と乗り気になる。
「案内よろしくな!」
「任せて!!」
そのとき――
ダブが、不安そうな顔をしていることに、俺たちは気づかなかった。
「……僕、こわいよ……あぶないよ……」
その小さな声は、
盛り上がる俺たちには、届かなかった。




