10.日常を壊した者
次に目が覚めると、朝になっていた。
女神との会話を思い出すだけで、胸が熱くなる。怒り、悲しみ、そして深い絶望…。
「全部、計画されていたなんて…」
俺は女神の手のひらで踊らされていただけだったのか。
「でも…俺のせいで…」
ファンスが死んだのは、俺が関わったからだ。
目の前の墓標に視線を落とすと、胸が締め付けられる。
悲しみと怒りがぐちゃぐちゃになり、吐きそうになる。
自分と同じくらい、女神を許せない。
でも、どう足掻いても勝てないのもわかっている。
そもそも、女神にどうやって会えばいいのかもわからない。
「なにもできないのか…俺は…」
手のひらの三つの青いダイヤを見つめる。
ファンスが…レイに渡してくれって…。
二人のところに行かないと…。
でも、俺が…?
どんな顔で会えばいいんだ。
「なぁ、ファンス…これから俺、どうやって生きていけばいいんだ…」
勇者にならなければ、周りの人が死ぬ。
父さんも母さんも、村の人も、助けてくれた冒険者たちも…。
関係ないのに、俺のせいで…。
そのとき、背後でかすかな物音。
振り返ると、レイが立っていた。
彼女の足元には、小さな花が落ちている。
きっと、ファンスのために摘んできたんだろう。
「ブレイブ…目が覚めたの…?今日…?」
声は震えていて、言葉の端々に混乱と不安がにじむ。
「昨日の夜に目が覚めたんだ、レイ…俺は…俺…」
声が詰まる。言葉にならない。
「ごめんなさい。私…まだ整理が…ブレイブが悪くないって、わかってる。でも…」
レイと目を合わせられない。
当たり前だ。
レイの大切な日常を壊してしまったんだから。
俺にはレイと向き合う資格なんてない。
「レイ、本当にごめん…」
「ううん…責めたいわけじゃないの。ファンスがいないって、まだ信じられなくて…」
小さな体が震えている。声は嗚咽で途切れ途切れだ。
「わ、私帰るね!お母さんに言われてるから…」
レイは慌てて背を向け、村の方へ歩き出す。
足取りは重く、涙で濡れた頬が光っている。
「レイ!これ、ファンスから預かってるんだ。ごめん…受け取ってくれないか…」
レイが振り返る。
その目には、涙が大粒になって溢れそうに溜まっている。
「ファンスが…?」
握っていた青いダイヤをそっと渡す。
「これって…」
「独り占めしてごめん…って」
レイは両手でダイヤを強く握りしめて、しゃがみ込んで泣き叫んだ。
「こんなの、いらないよぉ…帰って来てよ、ファンス!」
嗚咽が続き、声が震えている。
俺は何もできなかった。
慰める言葉も、一緒に泣くこともできない。
許されるのは、ただ「ごめん」と呟くことだけだった。
「ごめん…レイ…」
小さな声は、彼女の嗚咽にかき消される。
そのとき、来た道から駆けてくる足音がした。
「レイ!先に行かないでよ!危ないだろ!」
ダブだ。
泣き叫ぶレイの前で棒立ちの俺を見て、ダブの顔が険しくなる。
「ブレイブ…目が覚めてたんだ。」
「ダブ、俺…」「レイ、行こう。みんな心配してるよ」
ダブは俺の言葉を遮るように言った。
最初は人見知りで照れていた彼が、今は毅然としている。
「ダブ、これ…」
青いダイヤを差し出す。
「ファンスからダブにって…」
「口にするな!」
ダブの声は震えていない。
目は怒りで燃え、俺を睨みつける。
「ファンスの名前をお前が呼ぶな!」
「ダブ…俺は…」
ダブはダイヤを取り、泣き叫ぶレイを抱えて村の方へ歩き始めた。
「ごめん…」
届かぬ声を、俺は小さくつぶやく。




