第13話 後編 どんどん悪化している状況だから、あんたがあたしたちの唯一の希望
まるでメデューサと目が合って、石に変わってしまったのように向日葵は動けずに固まっていた。
常に喋っている向日葵が、今黙っていた。
「ひ…向日葵ちゃん?」
桐乃に呼ばれたとたん彼女はゆっくりとスマホの画面から顔を上げて、無言のまま交互に僕たちを見た。
「向日葵さん、ひとまず状況を説明してくれないか。」
彼女は言葉に詰まりそうだった。
「きょう…きょうくんは予定より早く来るって書いた…」
この程度ではデートに間に合わない。
「歩いく行く代わりに、バスに乗れば?」
「真一くんそれナイス案じゃん。向日葵ちゃん、バス停まで一緒に行こう!」
バス停に着くと、次のバスの到着時間をスマホで確認することにした。
ったく!!なんでいつも急がないといけない時、こんなことが起こるんだ!?
僕の眉がひそめられている姿を見た桐乃が、何かうまくいっていないと分かって、真剣な表情で「何があったの?」と尋ねた。
「バスが遅れるって。すごく遅れそうだ。」
「チッ、マジで今、最悪すぎ!!」
「どうしよう!?どうしよう!?」
向日葵は頭を抱えて、そう繰り返した。
考えろ、真一!考えろ!!
向日葵は今にも泣き出しそうだ。
状況はすでに厳しいのに、もしこのまま桐乃が直してくれたメイクまで台無しになったら…
早く解決策を見つけないと!
遠くから線路を走る電車の金属音が聞こえてきた。
そっか、ここは駅のそばのバス停だ。
「いいアイデアがある!」
そう叫びながら、反応する間もなく向日葵の手首をつかんだ。
「何考えてるの?」と、ついてきた桐乃が質問した。
「自転車で来たから、もし向日葵が後ろに乗れば、デートに間に合うように連れて行ける。」
「できると思うの?」
「もちろん!」と、躊躇いなく答えた。
できるだけ早くロックを外して、自転車にまたがった。
ペダルに足を置いた瞬間、金属音が鳴った。
「後ろに乗れ!」と、荷台を指さしながら向日葵に叫んだ。
「あんたがあたしたちの唯一の希望。絶対失敗しないで。」
どんなに強がっても、桐乃が心配しているのははっきり分かった。
少し乱暴だけど、本当はとても優しい子だった。
彼女はただ自分の気持ちをうまく表現できないだけど、何よりも向日葵のことを考えている。
先日、向日葵が廊下で泣き真似をしていた時もそうだった。
今は時間があっという間に経ったように感じた。
ちょうど急カーブを曲がったところだったので、向日葵が転ばないようにと、僕の腰に回した腕がぎゅっと締まるのを感じた。
「真一くん、本当にありがとう。間に合わなくても、失敗しちゃっても、感謝したかった…。桐乃ちゃんと真一くんのおかげでめっちゃ手伝った。最初ちょっと迷惑かけちゃったけど、それでも時間を割いてくれて、きょうくんに近づけるようとしてくれた…」
向日葵はそう言いながら、僕の背中に頭を押し付けた。
「ちょっと迷惑って!?それは控えめに言いすぎではないか?」
「えっ!!」
「感謝するのはまだ早い。幼馴染くんの彼女になったときに改めて言えばいいんだ。」
「じゃ、桐乃とダブルデートしてあげようかな。」
「殺す気か!?!」
もしそうやったら、僕は地球から消えてしまう気がする。
そして君さえも、報復からは逃れられないぞ。
「へへ、そう言うと思ったよ。でも、ありがとうね」
急げ!
もっと急がないと。
絶対間に合わないと!!
全力でペダルを漕ぎ、体の限界まで自分を追い込んだ。
数日間筋肉痛になろうと構わない、絶対に間に合わせた。
太陽が肌を照らし、風が顔を打ち、汗が首筋を伝うのを感じていた。
的地に到着したとき、幼馴染くんの姿はどこにもなかった。
まさか、遅刻した…!?
彼はもう帰った?
公園にある時計を見ると、時間に余裕があることが分かた。
思わず大きく安堵のため息をこぼした。
「ははは!!」
振り返ると、向日葵は携帯を見ながら爆笑していた様子を見た。
「な、なに…?何が…あった?」と息を切らしながら僕は尋ねた。
「それはね…ははは…きょうくんだよ…。早く出発したって言ってたけど、バスが遅れるって。」
努力は全部無駄になった。!?
僕は肩の力を抜いてハンドルに体を預けた。
愛子、お前のせいだったら、次に会ったら絶対後悔させてやる!
もし幼馴染くんに向日葵と一緒にいるところを見られたら、先日の半分だけ解消された誤解がさらに悪化してしまうから息を整えた後、僕は再び出発することにした。
「桐乃と一緒に駅の前で待ってる。ポジティブに考えは大事だけど、あまり大きな進展は期待しないようにな。」
「じゃあ、きりちゃんとのデート楽しんでね。次は絶対にダブルデートしよう!」
絶望的に頭を振りながら、目を天井に向けた。
向日葵は僕の死体をそんなに見たいのか!?
・・・
帰り道を通って、今回の慌てぶりが馬鹿らしいと思った。
幼馴染くんが少し待っても問題はなかった。
大きな問題ではなかったから、あんなにパニックになる必要はなかった。
ラブコメの非論理的な展開や些細なことを大げさに描く傾向が、僕にも影響を与え始めている。
というより、僕はそれしか読んだこなかったから、この展開になっても驚くことはなかった。
そういう作品の登場人物のように振る舞ってしまったのも不思議ではない。
・・・
約束通り、夕方になって桐乃と僕は向日葵の進捗を聞き、次の計画を立てるために待っていた。
しかし、夜の闇よりも重い表情で向日葵がこちらにふらふらと歩いてくるのが見えた。
近づくにつれ、涙でメイクが流れた顔がはっきりと見える。
彼女は何も言わず、桐乃の胸に頭を預けた。
桐乃は無言のまま向日葵を抱きしめた。
向日葵の瞳は赤く染まって滝のように流れていた涙で頬が濡れた。
僕は胃がきゅっと締まり、深い不安感に包まれた。
一体何があったのか!?




