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ポメサスのロウズ

『立て、立つんだリュウカ』


頭の中で何度も繰り返される娘の声に、

リュウカはようやく、うっすらと目を開いた。


ーここは一体どこ?


眩しくて目を窄めながら、ゆっくりとあたりを見回す。

当たり一面から、黄色い陽が差し込んでいた。


見覚えのないドーム状の植物園が倒れ込むリュウカの周りを囲んでいる。


「やっと起きたわ」


何度も頭の中で聞いた声が、今度は植物園の中で響く。

リュウカは声がする先を見上げ、目を丸くした。


数段の階段の先には、鼻が長く切れ長の瞳を持ち、ふさふさの赤い毛に覆われた大きなポメラニアンがいる。


「......ロウズ?」


リュウカの目線の先には、気高い金色の翼を寝かせ、赤い薔薇に囲まれたソファに横たわるポメサスのロウズがいた。

リュウカと目を合わせたロウズは、長いまつ毛を誇張するように威圧的な様子で瞬きをした。


リュウカは怪しげに眉をひそめる。


「......あなた、話せたの?」


チッと、ロウズは舌打ちをした。


「見下しやがって。だから新人の浮かれた時務官は大嫌い。まさか自分が選ばれし者だとでも?私たち気高いポメサスがいなければ、無力で何もできないただの人間が、調子に乗って勘違いするから。死んじゃったんだよ」


ソファの手すりに顎を置きながら、ふっと嘲笑うようにロウズは笑った。


「これまで何世紀も何十人もの人間と契約を結んできたけど、全員平凡で退屈。私たちポメサスの力を利用して、自分がまるで特別な人間になったかのような気になってる。いいよ。別に。怒ってるわけじゃない。私たちは人間を気持ちよくさせてあげてるんだよ。たとえ人間がポメサスを軽視していたとしても、実は人間こそがポメサスの手のひらで転がされている。ああ、本当に馬鹿な奴ら」


ロウズはいたって単調に、リズムを崩すことなく続けた。


「そういえばお前、今朝の件、私のせいにしただろ?私からもアルトへ報告済みだ。これからは嘘は通用しないと思えよ」


反応を得られないので、ロウズはチラッとリュウカを横目で見る。


唇をわずかに震わせながら、リュウカは口を開いた。


「......わたし、死んでるの?」

「全然話聞いてねえじゃん」


ロウズは呆れてソファに項垂れる。


「そんな、マコトさんとサワコさんに、まだ何も恩返しできてないのに」


リュウカは蒼白した顔面を両手で覆った。


「自業自得。訓練受けていない身で、自分を買い被りすぎたんだよ」

「人生最後の日に、こんな性悪ポメサスと一緒だなんて」

「どうとでも言え」

「飛行訓練の時からわざと私を落としたり、まともに訓練を受けられなかったのはそもそもロウズのせいじゃん!」

「私をうまく扱えないお前が悪い」

「お前って言うな!私を選んだのはロウズのほうでしょ!」


歩み寄ろうとこれまでロウズに気を遣ってきたリュウカであったが、怒りが抑えられない。

ロウズは大きく息を吸ったところで、言葉を続けるのをやめた。


「......どうして私と契約したのよ」


先ほどまで威勢のあったリュウカの声は、萎んでいった。


ーどうして、か。

ロウズは、リュウカと初めて会った時のことを思い返す。


* * *


この国では毎年4月の年度初めになると、主従契約を解消しているポメサスたちが一挙に時務省の草原大広間に集められ、新人時務官との顔合わせに参加する。

今年は50頭ほどのポメサスが草原大広間に集まり、例年通り新人指導係によって4名の新人時務官が順に紹介された。


ロウズはちょうど昨年度末、主人であった高等時務官の定年退職を迎えたばかりであったが、それにしても今年も案の定、見込みのある人材はいないだろうとたかをくくっていた。


「初めまして、雪神家のご長男冬紀さま。わたしは代々雪神家のご子息に仕えてまいりました氷の使い、シドと申します。何なりと」


早速銀色のポメサスが新人事務官の前で気高くお座りをし、お手をした。

当のご子息本人は、長身で頭身はあるが、長い栗毛色の前髪がめがねにかかり目元がはっきり見えないだけでなく、間抜けそうで少しの覇気もない。


次に紺色の髪を1本に高く結んだ女時務官、爽やかな黒髪の男時務官の順にそれぞれポメサスがお座りをしてお手をした。


この儀式が行われた瞬間から、時務官とポメサスの間で主従契約が結ばれる。

つまり人間側に選ぶ権利はなく、ポメサス側が適性と相性を判断し、契約を結びにいくのだ。


残り一人、厚い前髪に栗毛色のカールを胸元まで垂らした、借りてきた猫のような女時務官が取り残されている。

ロウズは自分には全く関係のないことだと決め込み、ふかふかの草の上でうずくまって寝ていた。


しかしいつになっても、その女時務官の前にお座りをしてお手をするポメサスが現れない。周りもその状況にざわめきだし、ロウズもゆっくりと顔を上げた。


その時初めて、ロウズはリュウカの姿をはっきりと見た。


ロウズは自分の心臓の音が大きく鳴ることに驚いた。

その女時務官、リュウカの姿は、かつてロウズが仕えたある時務官の姿と瓜二つであった。


「まさか...な」


* * *


「私は基本、新人時務官とは契約しない。というより、できない。私の能力に適応するのは、少々難しくてね。生涯伴奏型のポメサスではなく、特別任務型の戦闘型ポメサスに分類されている。高位の事務官が、高度な任務を遂行する際、私に適応できる能力が備わっていれば契約をする。つまり熟練の時務官でも私に適応できないやつは山ほどいる。ましてや訓練も受けていない新人時務官とは、ほとんどの場合契約ができない」


ロウズはリュウカの前にお座りをしたことを思い出す。

ある時務官の前に座った時と同じ、ぴたりと身体がはまる安堵が、脅威にも感じた。


「じゃあ私は、どうして適応できたの?」

「さあね。適応できるというだけで、私の能力をうまく使いこなせるかは別だ」

「その能力って、どこまですごいわけ?」

「お手なみ拝見てところだ」

「......死んでるのに?」


リュウカは状況をすでに受け入れ、きょとんとしていた。

ロウズはそんなリュウカを腹立たしく思いながらも、重い口を開く。


「私たちは生まれた瞬間から世界政府と契約を交わされててね」

「契約?」

「そう。お座りをしてお手をして選んだ主人を、力のある限り守らなければならない」


ロウズは不服な態度で顔を後ろに逸らした。


「つまりまあ、お前は、まだギリ死んでない」

「......つまり?」


リュウカの顔に徐々に赤みが浮かんでくる。


「うそ。やった。生きてる!生きてるんだ!」


そう言って跳ねたり回ったりはしゃぐリュウカを、ロウズは真剣な眼差しで見つめているだけだ。


「おい」


ロウズの低い声に、リュウカはびくっとして、踵を返すように顔の色を失くした。


「わかった、わかったわ。この植物園は生と死の間にある世界。私を生かすか殺すか、ロウズにかかっているということね」

「不正解」

「じゃあ一体、その怖い顔はなんだっていうの?」

「ここはポメサスの世界。人間が生きる世界とは切り離された、無時空間で、ここには時間はない。つまり時間は進みもしなければ、戻りもしない。お前の息が止まる前に、ここに移動し護衛型のポメサスに治療をさせた」


リュウカは思い出したようにナイフで刺されたはずのお腹を抑えた。

衣服に穴も空いていなければ血もついておらず、痛みも消えている。

リュウカは急に恥ずかしくなってロウズと目を合わせられなかった。


「......そっか。つまりロウズが、私を助けてくれたんだね」

「まあ、そういうことだ」

「死んだなんて言わなくてもいいのに」


ロウズはリュウカの発言に耳をぴくりと震わせた。それから赤い毛並みを浮き上がらせるように立たせ、それから落ち着かせた。


「お前たち人間が、命を粗末にしないためだよ」


ロウズの声は変わらず低いままだ。少年のような子供っぽさは残っているのに、その音程は何世紀もこの世を生き抜いてきた貫禄がある。


「何があっても、ポメサスが助けてくれる。そんな気持ちで任務についてはだめだ。私たちは、どんな時もお前らの命を守ってあげられるわけではない」


ロウズの綺麗な切れ長の瞳が真っ直ぐにリュウカを見つめた。リュウカは身体を縮こませた。


「......わかったよ、ロウズ」

「さあ、気を引き締めて。仕事を片付けようか」

「待って」


リュウカは慌てて威勢を取り戻した。

リュウカの意思で、このポメサスの世界に再び訪れることは、きっとできない。つまり、ロウズと話せるチャンスはこの先ないかもしれないのだ。


「怠け者のポメサスは、たくさんいるでしょう。何世紀もブロンズクラスのままのポメサスだって、山ほどいるって聞いたことがあるし。ロウズはそんなに人間が嫌いなのに、どうしてそこまで頑張るの?」


リュウカは早口で捲し立てた。

ロウズは慌てたリュウカとは反対に余白を持ちながら立ち上がり、ゆっくりと階段を下りてきた。


「私たちポメサスは、知っての通り、不死身なんだよ。働かされている限り、寿命がない。それが幹部になり数十年世界のために尽力すると、天使の称号をもらい寿命と自由をいただくことができる」

「寿命と自由......」


リュウカの周りをゆっくりと歩くロウズ。リュウカは改めてロウズの大きさに緊張しながら、その足音を聞いた。


「終わりのない拘束は、果てしない絶望に近いからな。私のために、お前も尽力したまえ」


はっと目を覚ますと、そこはもといたユリウス座の出入り口だ。

混乱でごった返していた観客たちは誰一人残っていない。


ロウズはもう、話さない。


その時、通信機のブレスレッドから男の声がした。


「現地の諜報員より情報が入った。例の未来人らしき人物たちがどうやら、クレリッツ通りを歩いているらしい情報があった。迎えるか?」

「もちろんです!期待していてください!」







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