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闇のシャンデリア

欧州の中西部に位置する19世紀の大国ロンザリー。


18世紀末より、国の支配政権を巡り様々な派閥が争い合い、王政、共和政、帝政を繰り返す激動の時代を歩んできたこの国は、リュウカが訪れた19世紀半ばにして第二の帝政を築いていた。


第二帝政期時代では、産業革命に伴い、大規模な都市改革が行われている真っ最中であり、街は広い道路が整備され始め、建物は白い石造りに統一されつつあった。


そんな活気に満ちた街を、目をきょろきょろさせながら歩いている若い女性。一度見かけただけでは忘れてしまう薄い顔立ちをしているが、ロンザリーの住人と見て取れる洋風な顔立ちに仕上がっている。


その若者、この街に溶け込む風貌を施したリュウカは、まだこの時代に普及したばかりの紙の地図を広げながら劇場を目指した。


賑やかな通りに聳え立つ、石造りの円柱が並んだ正面口をくぐり、ロンザリー4大劇場のひとつ、ユリウス座に到着する。


「小さな劇場だなんて、全くの嘘ね」


馬蹄型に弧を描いた客席は、小さい劇場だとはまるで言えない広々とした豪華な空間だ。


「19世紀ロンザリーユリウス座の舞台を生で観られるなんて、最高のレポートが提出できる」


リュウカは満足そうに口角を吊り上げ、1階前方の中央席に腰を下ろした。


出入り口はまだ慌ただしく人が行き来をしていたが、まもなく演奏隊の序曲が始まった。

リュウカは19世紀ロンザリーの人々の服装や会話を丁寧に観察し、小さな手帳にひっそりとメモを取る。


次第に観客が静寂すると、演奏隊の音楽は一気に革命的な曲調へと移り変わり、ついに幕が上がった。


大ぶりの豪華なシャンデリアが現れる。銀色の鉱物ひとつひとつが暗闇の中で鋭い輝きを放って、大きく揺らめき、黒と白のコンストラストが際立つ。


そのうち黒い背景が霞み、埃っぽく煙だったステージから、腰が極端に絞られた影が現れた。

その影は徐々に数を増やして浮き上がり、舞台に色をつけていく。


舞台は貴族たちの豪華な舞踏会というシーンから始まった。

青や赤、緑の華やかなドレスを身にまとった貴婦人たちが貴族と手を取り、上品な踊りを披露する。

その中央で、目立った動きをする一人の娘。


肉のない骨ばった身体はビビットピンクのドレスに覆われ、ふんだんに備わったフリルが一際大きく揺れている。

上品というより快活で若さのある軽やかなステップを踏んでいた。


この情景から推測するに、上流階級のみが参加できる舞踏会に、町の娘が一夜限り紛れ込み、恋に落ちるというシンデレラストーリーに着地するのだろう。


そしてその中心の娘役を演じているのが、アリーだ。

遠目からでもわかる白藍色のガラス玉の様な瞳がちらちらと輝き、一際観客の目を引いていた。


観客席の誰もがアリーに圧倒されている中、リュウカはレポートを書き進めるため、演者たち以外の舞台の細かな装飾にも注目をして鑑賞をした。


レポートでなんとか挽回をしなければならないので、客席にまで目を光らせて細かく観察をする。


左右に顔を動かしては上を見上げ、また正面に向き直った、

その時、微かにシャンデリアが揺れた。


そこにいる観客たち全員が気付くはずもない、ほんの数ミリの動きであった。

しかし、確かに、シャンデリアが傾いたのだ。


それから天井を何か透明の、だが確かに物体が、シャンデリアに向かって発射されているような空気の動きが見えた。


演奏隊の荘厳な演奏によって、その動きの音は捉えられなければ、暗がりの観客席ではやはりそれを目視できない。

だが明らかに、天井で何かがものすごいスピードで動いていた。


華やかな舞台の演出に惹きつけられ、異変に誰一人気がつかない観客席。


辺りを見渡すと、最上階の席で二人の男が何やら揉めている姿が目に入る。

貴族の格好を装っているが、どこか品がなく、猫背な姿に違和感がある。


一瞬だが、二人の手元から何かが重々しく光るのが見えた。


たっぷりとした袖に見え隠れするのは、銀色の銃口だ。


二人はまだ口論するように身体を押し合いながら、揉めている。

それから一人が動きを止め、構えると、もう一人は不満そうに座席にもたれかかった。


また重々しい透明の何かが銃口からものすごいスピードで上空を飛ぶ。

そして、舞台の大きなシャンデリアを吊るした鎖に命中した。


鎖に触れたその透明な何かは溶け出し液体化すると、シャンデリアの鎖を溶かしていく。


もうすぐ、シャンデリアが落下する。


それは、舞台の中央で踊っているアリーに命中する。


リュウカは、観客席から立ち上がり、他の観客に無配慮のまま飛び出した。

大きなフリルのドレスが観客たちの顔を擦り、周辺でどよめきが起こる。


演奏隊の間を突き抜ける。


もう間に合わない。


シャンデリアが落下してくるのを視界の端で確認しながら、リュウカは思いっきりアリーの体に飛び付いた。


鼓膜が破れるような高音をあげて、シャンデリアは舞台の上で豪華に粉砕した。


顔を抱えて背を向けたリュウカのドレスにも、シャンデリアの小さなガラスの破片が飛び散り血が滲む。


同時に全方位から悲鳴が上がった。


「一体何が....」


リュウカの体の内にうずくまったアリーが瞬き一つせず呆然と目を丸くし、硬直している。


リュウカは最上階の席を見上げる。

劇場から去ろうとする二人組の背中が見えた。


「アリーさん、ごめんなさい」


リュウカはアリーの背中をそっと立たせると、出口の方へ走った。

昨日とは顔の違うリュウカに、アリーは気付く余地もない。


時務官の職務内容には、少々体育会系な業務があることは周知していたが、リュウカはまさかこんなに早く大きな事件に巻き込まれるとは思ってもいなかった。


あんな得体の知れないものを放出する武器など、この時代にはない。


つまり、あの二人組は未来人だ。


そうなればリュウカに考えている時間などない。

まだまだ新米な時務官といえど、未来人の犯罪を取り締まるのは時務官の公務のひとつであるため、見逃すことはできない。


リュウカはパニック状態の人混みをかき分けながら、右腕に付いたブレスレットの腕時計型通信機を口元に当てる。


「こちら、桐本琉華。パリ市内ユリウス座にて、未来人の射撃により、舞台上のシャンデリアが落下。怪我人多数あり。犯人の男性2名は特定しているため、確保いたします」


通信機は、現地の時務省と時空警察に向けて発信される。


「挽回、挽回」


とリュウカは真面目な顔をして呟いた。


やっと出口にまで来ると、ごった返した人々の中で、階段で立ち往生している先ほどの二人組の男が見えた。


あたかも事件の犯人ではないといった顔で、周りの人々と同様に怯え、怖がる表情を見せている。


リュウカは人々の動きに逆走し、彼らの方向を目指して通り道をかき分ける。


その時、二人組の一人がリュウカの動きを察知した。

もう一人を肩でつつくと、顔を近づけ、何かを囁いた。


次にリュウカが彼らを見上げたとき、二人の4つの瞳と目が合い、リュウカの足が凍った。

人間を掌握するような恐ろしい瞳。


その瞬間、視界が黒い煙でいっぱいになった。


人間とは思えない金切り声が次々に響き、人々の身体が雪崩のように転倒していく。


リュウカはなんとか、人々の肩を借りてバランスを取った。

心苦しくならないはずはない。


誰かの顔が、リュウカの耳元に近づいた。

冷たく、そして、奇妙な息が吹きかかる。


「すべては、我が国のために」


この国の言葉、だが流暢ではなかった。


グサッ、と何かが刺さる生々しい音がした。


最初はそれが自分の体に突き刺さったものとは思えないほどの無感覚。

それからすぐに、身体から肉汁が湧き出るように痛みが煮えたぎり、戦慄が走った。

温かい血と思われる液体が、自分の腹から流れ出ていく。


呼吸、脈、意識が徐々に失われていった。

リュウカは、暗闇の中で、人々の雑踏に覆い被さるように倒れ込んだ。


(......ああ。......まだ逮捕術の研修は受けていなかったけ)



『立て、リュウカ。立つんだ』


消えたリュウカの意識の中に、突然誰かの声が聞こえた。


『立て、リュウカ』


聞いたことのない声だ。

子供でも、大人でもない、少年の声。


(.....一体誰?)

































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