おまけ(3) 自分からの口付け
(次、次です! 「隊長はデスクワークも多く、いつも肩が凝っていらっしゃるので、マッサージとかしてあげたらどうです?」とアグネスさんからアドバイスをいただきました)
マッサージ。力のない私がフィル様の肩をマッサージしても、効果はあまりなさそうだけど、やってみよう。
私は気合を入れ、立ち上がろうとした。しかし、再びフィル様に手を掴まれる。
「もう帰るのか?」
「いえ。フィル様、よろしければ私、貴方様にマッサージをしましょうか?」
できるだけ余裕そうな表情を保ちながら、私は彼に提案する。フィル様は目を丸くして、手を掴む力を緩めた。その隙を突いて私はソファーから立ち上がり、彼の後ろに回る。
顔を後ろに向けるフィル様に前を向いてもらい、私は彼の肩に手を添える。一瞬彼の肩が跳ねたが、すぐに力が抜かれた。
ぐっと手に力を入れて、彼の肩を揉む。アグネスさんの言った通り、フィル様の肩は固くかなり凝っているようだ。常に訓練をし、体を動かしている彼でも、肩は凝るのだと、新たな発見である。
(……フィル様の首筋、色気が凄いです)
鍛えていて、筋肉をつけていらっしゃるフィル様だが、見た目は細身である。すらっと伸びた首筋から見える喉仏が、彼の男らしさを強調していて、私の体は勝手に熱を発する。
何故だか、また負けてしまった気分になった。私よりもフィル様の方が色気をもっているとは、どういうことだ。
「フィル様。お加減はいかがですか?」
「……ああ、とても気持ちが良い。ありがとう」
目を細めてリラックスした様子のフィル様を見ていると、私も嬉しくなってくる。敗北感は一瞬でなくなり、私は次のステップに移ることにした。
(「いつもは受け身の子が、自分から口付けするだけで影響は抜群さ」とマスターさんは仰っていました。口付け、口付けですか……)
深呼吸をして、私は肩から手を放し、ソファーから少し体を乗り出してフィル様の頬に口付けた。
(は、恥ずかしすぎます……)
私は熱くなった頬を抑えながら、フィル様から離れる。こちらからフィル様の表情が見えないことが、救いだった。彼がどんな顔をしているのかは知りたくない。
(次が最後です。えっと、アンナさんは、「最後は、正面から! ちょっと膝の上に跨って、額に口付けしたらカンペキだよ!」と……ひぇ、そんなこと、してもいいのでしょうか)
これをするかどうかはかなり迷ったが、どうせなら最後までやってみようと思い、実行することに決めた。
私はフィル様の顔を見ないように彼の前に回り込み、フィル様の膝の上に跨る。そして、彼の額に口付けた。翡翠の瞳が、これでもかと大きく見開かれていて、彼の意表を突くことができたのだと嬉しくなる。
(この後は、どうしたらいいのでしょう……)
アンナさんからの助言はこれまでだった。正面からフィル様と体を触れ合わせたまま、しばらく思考を働かせる。フィル様は固まったように動きを止めているので、逃げるなら今がチャンスである。
私はそそくさとフィル様の膝の上から降りて、クッキーがなくなったバスケットを手に持つ。
「わ、私はこれで……」
とにかくこの場にいたくなかった。自分がやったことを考えるだけで、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「待て、ルイーゼ!」
フィル様が私を制止する声が聞こえたが、私はそれを振り切って部屋を出た。




