離婚するためには
「ねえ、知っている? 英雄様、毎週のように夜の店に遊びに行っているのですって」
「聞いたことがあるわ。奥さんがいるのに、夫婦仲が悪いのですね」
従者を連れて街に買い物に出ていた時、噂話が聞こえてきた。私はそれに気が付かないふりをして、彼女らの横を通り過ぎる。
(ええ、私も知っていますよ。だって、私がその奥さんですから)
内心でそう呟きながら、私——ルイーズ・イラーソはそっと息を吐いた。
私の夫、フィル・イラーソは、過去に魔物大氾濫を防いだ功績者として、英雄と称されている。麗しい容姿、最強の力、そして高い身分と全てを兼ね備えた彼は、とにかく女性にモテる。
フィル様は過去のあれこれでかなりの女性嫌いを患っていた。しかし、イラーソ侯爵家長男である彼は嫁を迎える必要があった。そんな彼にとって都合が良かった相手が、私である。
そこそこ顔が整っており、そこそこ魔力を持ち、そこそこの身分の私は、幼いころから彼とそこそこ仲良くしていた。そんな私に結婚の話がきたときは、そこまで驚かなかった。これは、いわゆる政略結婚というやつである。
(貴族社会において、愛のない政略結婚は当たり前のことですから)
フィル様は結婚してから、一度も私と夫婦の営みを果たしていない。彼が極度の女嫌いだからなのか、もしくは私が嫌われているのか……後者であった場合は、流石に悲しいかも。
そんな彼だが、最近では浮気疑惑が出ている。夜の街で彼の姿を見たという噂をちょくちょく聞くようになったのだ。
いくら私が形ばかりの妻だからといって、愛がない結婚だからといって、私が傷つかないわけがない。私は一度も彼から愛を受けていないのに、他の女性とはそういうこともしているのだろうか。胸の内がモヤモヤして、気分が悪い。
(幼い頃の恋心を見苦しく引きずっているなんて……ほんと、恥ずかしいです)
私は大きくため息を吐いて、香ばしい魚を切り分けて口に入れた。広い食堂の中一人で食事を摂ることは、もう慣れている。
ナプキンで口元を拭っていると、何だかイライラしてきた。
どうして私だけが我慢しなくてはいけないのだろう? このままフィル様の浮気を見逃したら、私はこれまでもこれからも、都合のいい女であり続けてしまう。英雄のフィル様の周囲には、私なんかよりも遥かに魅力的な女性が沢山いるだろう。
(そんなの、嫌です)
……そうだ、フィル様の浮気の証拠を掴んで、離婚するのはどうだろう? 政略結婚なので離婚までは無理かもしれないが、その証拠で彼を脅してお金を貰い、最低限妻としての仕事を果たしながら、好きなことをして生きるのも悪くはなさそうだ。
このように噂になっている時点で、フィル様を脅しても効果はなさそうだという考えは一旦横に置いておく。
「決めました。私、夜の街に潜入して浮気の証拠を掴みます!」
私は握りこぶしをつくって気合を入れながら、デザートのプディングを頬張った。美味しい。