処刑された王妃と竜王の契約
どこか遠くで、鳥のさえずりが聞こえる。
地面に倒れたまま、私はゆっくりと目を開けた。
視界に映るのは、見知らぬ天井。柔らかな布団に包まれた感触がある。
「……死んだはず、なのに?」
私の口から漏れた言葉に、近くで椅子が引かれる音がした。
視線を向けると、そこには銀色の髪を持つ美丈夫が座っていた。
「目覚めたか」
低く、響くような声。
彼は私を見つめ、静かに息をついた。
「……あなたは?」
「俺はゼルヴァン。この国の王でも、お前の夫でもない。単なる交渉相手だ」
王でも、夫でもない。
その言葉に、私はふと違和感を覚える。
それも当然だろう。私は確かに毒を飲み、死を迎えたはずなのだから。
「ここはどこ?」
「我が領地、竜王の住まう城だ」
竜王──その名を聞いて、私は息をのんだ。
異国の脅威。人々が恐れ、伝説の如く語る存在。
「……どうして、私がここに?」
「お前を拾った。正確には、お前の死体をだな」
死体。
そう、私は確かに処刑された。
それがなぜ、こうして目覚めているのか。
ゼルヴァンは微かに笑い、言った。
「お前の体には、竜の血が流れている。気づいていないのか?」
「竜の、血……?」
「お前の祖先は竜と契約を交わした。その加護が、毒に耐えうる力を与えたのだ」
理解が追いつかない。
私は処刑され、死んだはずなのに──。
だが、確かに私は生きている。
「お前には選択肢がある」
ゼルヴァンは私をじっと見つめ、言葉を続けた。
「このまま俺の元で生きるか、それとも、再び王都に戻るか」
王都。
私が命を落とした場所。
私を罪人と罵った夫、民衆、義妹。
あの場所に戻ったところで、何が変わる?
「……あなたは、どうして私を助けたの?」
「お前と契約したい」
「契約……?」
「お前は俺にとって、利用価値がある。知識も、経験も、王族の血筋もな」
冷徹な声。
だが、それは私にとって不快ではなかった。
なぜなら、それは私がこれまでの人生で慣れ親しんだ取引の言葉だったからだ。
「……条件は?」
「お前の力を貸せ。俺の伴侶として、共に生きろ」
「伴侶……?」
思いもよらぬ言葉に、私は目を瞬かせる。
「形だけの契約結婚だ。お前の自由は保証する。ただし、俺にとっても利益があるようにしろ」
契約結婚。
この言葉に、私は微かに唇を綻ばせた。
王妃として生き、政に関わることが許されなかった過去。
私の言葉は誰にも届かず、夫には見限られ、民には憎まれた。
だが──。
「……悪くない提案ね」
私の返答に、ゼルヴァンの唇が微かに釣り上がる。
こうして、私は新たな人生を歩むことになった。
王妃としてではなく、
王の妻としてでもなく、
竜王の契約者として。
──この国に、復讐を果たすために。