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第一話 ワケあり傭兵 ライ ①

 「(うるさ)いなぁ! 俺は赤ん坊なんだから、好きに泣かせてくれよ!」


脳内に木霊(こだま)する乳飲み子の泣き声と、両の耳から(かす)かに伝わってくる喧騒が交じるのが不快で(たま)らず、苛立(いらだ)たしげな声が唇から零れ落ちる。

 我ながら馬鹿なことを言っていると思いながらも、意味不明だった雑音が明確な言語へと変換されていくや、その何処(どこ)か呆れたかのような男の声によって、悠也は現実世界へと引き戻された。


「おいっ! ぶつぶつと寝言をほざいている場合じゃねぇぞ、ライ! やっとこさ戦況が動きそうだぜ。おまえの思惑どおり、味方は総崩れだ」


 億劫(おっくう)そうに欠伸(あくび)をしながら視線を上向かせれば、無精髭を蓄えた面相に苦笑いを浮かべている筋骨隆々の戦士が、興奮気味に(まく)し立てる姿が目に入る。

 この男は名をブロスといい、同じ国に雇われた傭兵だが、見た目に反して中々に(したた)かな面を持っており、頼りになる仲間として一目も二目も置かれている存在だ。


(そうか……この世界では、俺は〝ライ”だったな。それにしても因果なものだ……別世界に生まれ変わっても、戦場で他人の命を狩っているなんてな……)


 思わず自虐的な笑みが零れ落ちそうになるが、辛うじて(こら)えたライは、(うなが)された方向へ厳しい視線を向けるのだった。


             ※※※


 不慮の災害に遭遇し四十代半ばで命を落としたのも不本意だが、久藤悠也の記憶を残したまま、何処(どこ)とも知れぬ世界で新たな生を得たという現実もまた、青天(せいてん)霹靂(へきれき)以外の何ものでもなかった。

 とは言え、この【エルブシャフト】と総称される世界へ転生したのは(まぎ)れもない事実であり、赤ん坊として目覚めた日から今日までの二十五年という年月は、生き抜くためだけに必死にならざるを得ない日々の連続だった。


 故国で十五年を過ごしたのちに流浪の身となり、その後の十年を傭兵として各地を転々としながら今日(こんにち)に至っている。

 ライというのは国を出た時に便宜上名乗ったものだが、傭兵稼業での活躍が次第に知られるにつれ、同業者の間では、それなりに認知される名になっていた。


 そして、現在雇われているのが、エルブシャフトにある二つの大陸のうちの一つであり、西の大陸と呼称される【グラーシア】の南西部に位置するラムダ王国だ。

 そもそもが、西の大陸グラーシアには大小合わせて五十以上の国家がひしめいており、その覇権を巡って日々紛争が絶えない混沌(こんとん)とした様相を呈している。

 雇い主でもあるラムダ王国もその例から漏れず、北に位置するオトゥ―ル王国とは、国境にある河川の水利を巡って長年に(わた)り争いを繰り返している仲だ。

 しかし、今回に限っては予定調和の小競り合いでは済まず、双方共に国の命運を懸けた血みどろの戦いへと発展したのである。

 両国を襲った干魃(かんばつ)による食糧難という事情があるだけに、互いに一歩も退くことができず、双方が甚大な損害を被る事態へと(おちい)ったのだ。


 だが、ラムダ王国と新たに契約を結んだ傭兵団が戦場へ投入されたことで、膠着(こうちゃく)していた戦況は一変する。

 その新規契約の傭兵らこそがライやブロスを含む歴戦の強者(つわもの)たちなのだが、元々彼らは単なる寄せ集めと評しても差し支えのない存在であり、騎士団上層部も()したる期待を(いだ)いていたわけではなかった。

 だが、その認識は、彼等が参戦した初戦で(くつがえ)されることになる。

 (わず)か十名にも満たない傭兵らが敵オトゥール軍の前衛歩兵部隊を一瞬で蹴散らしたばかりか、その後方に控えていた弓兵部隊や、更に後方の騎士団本隊にまで斬り込んで見せたのだ。

 小国であるが故に軍の規模も脆弱(ぜいじゃく)だという事情を差し引いても、それは双方共に同じなのだから、戦況が一方的なものになるなど滅多にあるものではない。

 しかし、その奇跡と呼べる戦果により形勢は一気に傾き、勝利を得たラムダ王国と、敗れたオトゥール王国の明暗は大きく分かれたのである。

 勝利の余勢をかって国境を突破したラムダ王国軍は、その後も連戦連勝。

 そして、ここを抜けばあとはオトゥール王国首都攻略を残すのみ、という最後の城塞へと肉薄したのだが……。


             ※※※


(まったく……分を(わきま)えぬ王族ほど()(がた)いものはないな)


 約五百メートルほど先の戦場の状況を確認したライは、腹立たしさの余り思わず舌を(はじ)いていた。


 両脇を峻厳(しゅんげん)な岩山に囲まれた隘路(あいろ)(ふさ)ぐような形で築かれた城塞。

 南方からオトゥール王国の首都へと至る唯一の街道上にあり、普段は関所としての機能を果たしているが、いざ戦争となれば、堅牢な防波堤となって敵軍の進攻を(はば)む役割も(にな)っている重要拠点だ。

 城塞というだけに高い城壁と硬い鉄製の門扉を備えており、力押しで攻略するには相当な損害を覚悟する必要があった。

 ()してや、この最後の砦を抜かれれば王都は目の前だ。

 城塞都市とはいえ、商都に等しい規模でしかない都では、あっという間に軍靴(ぐんか)蹂躙(じゅうりん)されてしまい、王侯貴族は元より民衆までもが略奪と暴力の()()()うのは火を見るよりも明らかだった。

 だからこそ、王都で暮らす国民から徴兵された守備兵たちが、己が肉親らを護らんとして死に物狂いで抵抗をするのは容易(ようい)に想像ができた。

 それ故に攻め手のラムダ王国軍は、敵軍の威勢を削ぐ為に持久戦を選択したのである。


 干魃(かんばつ)の影響で長引く飢饉(ききん)により、オトゥール王国の食糧備蓄事情が破綻寸前なのは密偵の報告からも明らかであり、ひと月ほど(にら)み合いを続けるだけで城塞守備軍が音を上げるのは目に見えていた。


『あとは頃合いを見計らって降伏を(うなが)すだけでいい……その際に寛大な条件を提示すれば、それで決着(ケリ)がつく』


 そう言って派遣軍上層部を説き伏せたのは、他ならぬライだった。

 (わず)か数か月間の参戦だったとはいえ、その間に見せた戦場での働きは尋常なものではなく、その戦功と鬼神を彷彿(ほうふつ)させる戦いぶりを上官である指揮官らも無視できず、渋々ながらも進言を受け入れざるを得なかったのだ。


 こうして両国の長い戦いの歴史にも幕が下ろされるかと思われたのだが、此処(ここ)で想定外の横槍が入った。

 近習らのみを伴ったラムダ王国の王太子が何の前触れもなく最前線へと姿を見せたかと思えば、今後の指揮は自分が執ると言い出したのだ。

 挙句の果てには持久戦を選択した指揮官らを弱腰だと(なじ)り、次代の王たる自分が先陣を切って総攻撃をすると言い出したものだから始末が悪い。

 派遣軍司令官らが入れ代わり立ち代わり説得するが、立太子の儀を目前に控えた王子は王国後継者としての権威を高めることにしか興味はなく、諫言(かんげん)に耳を貸そうとはしなかった。

 だが、そんな紛糾する会話に割り込んだライが、怪訝(けげん)な顔をする王太子へ(まく)したてた阿諛追従(あゆついしょう)によって事態は動く。


『さすがは王太子殿下! 勇猛を(もっ)て鳴る貴方様が先頭に御立ちになれば、腑抜(ふぬ)け同然のオトゥール軍など容易(たやす)蹴散(けち)らせましょうぞ!』


 この時にライが見せた軽薄な態度に、派遣軍の古参指揮官らが、恐ろしいものを見たと言わんばかりに顔を(しか)めたのも当然だろう。

 常に仏頂面でいるのがトレードマークとなっている強面(こわおもて)の傭兵が、まるで娼館の太鼓持ちのような物言いをしたのだから、その裏に何かしらの魂胆があるのでは、と恐懼(きょうく)したのも無理はなかった。

 とは言え、この一言で王太子は力攻めによる城塞攻略を下命したのだから、全ては後の祭りであり、彼ら家臣に暴走する王子を止める手立てはなかったのである。


 だが、意気込んで城塞に突撃した王太子や派遣軍らを後目(しりめ)に、ライ率いる傭兵団は、後方の幅三十メートルほどの隘路(あいろ)の両脇にある高さ十メートル程度の切り立った崖の上に拡がる森の中で待機するのだった。

 そして、居眠りをしながら戦況を見守っていたのだが、ライの目論見(もくろみ)通り、敵軍の苛烈な反撃を受けて総崩れとなった味方は、敗走を余儀なくされたのである。


「だから言わんこっちゃねえ……いくら優勢だからって、たった二千ぽっちの戦力で攻め落とせるもんじゃねえだろうによ」


 砂塵が舞う戦場の様子を眺めていたブロスの声には明らかに非難の色が含まれており、そのうちの幾許(いくばく)かはライへと向けられたものだったのだが……。


「問題ない……これで今日中にケリがつく。一ヶ月も退屈を持て余さずに済むのだから、(むし)ろ、感謝して欲しいぐらいだ」


 非難された当の本人は、その口元に不敵な笑みを浮かべて(うそぶ)くのだった。

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王族のプライドをも利用したまさかの戦術(;'∀') オージは一度痛い目見てもらわんと人間的に成長しなかっただろうしこれでよかったのだ( ゜д゜)ウム あと最後に。 私だったら読みやすさ重視でミソッカ…
∀・)おもしろい作品と久藤出会った予感がビンビンします。久藤悠也としての記憶があるライ、その設定が無駄使いになることはない気がしますが、それより味噌っかす王子って響きがすごい気になる(笑)どんな王子な…
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