第十話 すれ違う想い ~父と娘~
二週間ぶりの更新……唖然、愕然、茫然。(笑)
ごめんして。(仕事が地獄なんですぅ~~・言い訳①)
「そんな馬鹿な……財政状況が悪いとは聞いていたが……まさか……」
借金漬けで破綻寸前にある自国の現状をライから聞かされたルディアスは、見るからに顔色を悪くして茫然と呟くしかなかった。
最後まで言葉に出来なかったのは、『国家の命脈をギルドなどに譲り渡すとは、なんと愚かな真似を……』といった意味合いの悲嘆だろうか。
第三王子の遣る瀬ない心情を慮るしかないライだったが、気休めにもならない慰めの言葉は敢えて口にせず、沈黙を貫く。
辺境の島国とはいえエレンシア王国も歴とした国家であり、政治に長けた大臣や文官らが王家の下で政に腐心しているものだとルディアスは信じていた。
だが、現実には使途も定かではない多額の借金を重ねた挙句、国家財政を支える重要な収入源をギルドに丸投げしていたのだから、まさに青天の霹靂だと言う他はないだろう。
「一体全体どうなっているのか、大臣らの真意を確かめてくるよ」
居ても立っても居られない、といった風情のルディアスが意気込んで立ち上がろうとするが、無情な言葉がそれを止めた。
「無駄でしょうな。御前会議にも出席を許されていない貴方様の言に取り合ってくれる家臣は一人もいないでしょう……話しを聞いてくれたとしても、言を左右して惚けられるのがオチですよ」
そのライの指摘を否定できる材料を持っていないルディアスは、悔し気に表情を歪めて腰を落とすしかなかった。
しかし、懊悩する第三王子とは対照的に、ライは至って落ち着いたものだ。
「この状況では下手に騒がない方がいい……今回の王位継承に伴う海賊討伐戦ですがね……どうにもキナ臭い」
「キナ臭い? それは如何いう意味だろうか?」
意味深な物言いに興味を惹かれたルディアスが食い入るような視線を向けてくるが、ライとて確証があるわけではないので迂闊なことは口に出来ない。
「長年戦場を渡り歩いてきた傭兵の勘ってやつですよ……気の廻しすぎかもしれませんがね。まぁ、その手の情報収集に長けた男に動いてもらっています。何かしらの有益なネタを掴むかもしれませんから、いま暫く御辛抱なさいませ」
そう言って宥めると、ルディアスは不承不承ながらも大人しくなった。
尤も、この若い王子が焦慮に苛まれているのには事情がある。
少なくとも海賊討伐戦までは一週間の猶予期間が設けられていたはずなのだが、海賊が根城にしている離島に潜入している間諜から、一両日中に船団が帰還するとの情報が齎され、午後の軍議にて急遽遠征が決まったのだ。
勿論ルディアスは『拙速すぎる』と反対したが、当然ながら両兄殿下はもとより重臣らにも取り合ってはもらえず、自らの力不足に忸怩たる想いを懐かずにはいられなかったのである。
だが、この一連の流れに疑問を懐いたのがライだった。
(それにしても……都合が良すぎはしないか? まるで此方の動きに合わせているかのようじゃないか……)
事態が進むにつれて違和感ばかりが大きくなる。
だが、その正体が見えてこない以上、下手なことを口にしてルディアスの不安を煽るのは不味いと自重したライは、話題を切り替えた。
「そういえば……オルトハイネ騎士団長殿の姿が見えませんが? 彼女も討伐戦へ参加するのですか? それとも、私と席を同じくするのが苦痛で耐えられない……とかですかね?」
わざと冗談めかした物言いをすると、鬱屈した思いが薄らいだのか、表情を綻ばせたルディアスが軽く頭を振る。
「まさか、そこまで嫌ってはいないはずだよ。アルテナは父親のグレアムから呼び出されて騎士団本部へ行っている。私たちは兄上たちが出征している間の留守居役だからね。色々と打ち合わせがあるのだろう」
「そうですか……思い過ごしで良かった。アルテナ殿のような美しい方に嫌われたままでは寂しいですからね」
ルディアスの返答に笑顔でおどけて見せるライだったが、胸の内は決して穏やかなものではなかった。
(留守居役? 見分役として遠征に同行するのではないのか? それに、俺を蛇蝎の如くに毛嫌いしている女騎士団長殿が、代わりの護衛もつけずに王子の傍を離れるというのも変だ……)
漠然とした不安の正体は未だ見えず、疑問ばかりが増えていく。
だが、事態はライの思惑を超えて急速に、そして着実に進行していたのである。
◇◆◇◆◇
「おまえの嫁ぎ先が決まった。サマール王国宰相ラマシエ侯爵の次男坊が相手だ」
王国騎士団に宛がわれた屋敷の団長執務室に呼び出されたアルテナは、父親でもあるグレアム・オルトハイネから告げられた言葉に失笑してしまった。
「王国の未来を左右する大事の最中に他国へ嫁げ? 一体全体なんの冗談ですか、お父様」
話しにもならない、と一笑に付そうとしたが、間を置かずに浴びせられた返答は、アルテナを憤慨させるには充分過ぎるものだった。
「冗談などではない。いい歳をして結婚もせずに騎士団ごっこに現を抜かしている娘の将来を……病床のエーディンがどれほど心配しているか……これも親孝行だと思い、父の言う通りにせよ」
(お母様を心配させている……それを貴方が言うのですか、お父様?)
生涯を懸けて精進すると決めた騎士道を『ごっこ遊び』だと貶められたばかりか、病床にある母親までをも引き合いに出して望まぬ婚姻を強要されたのだから、アルテナが憤るのも無理はなかった。
謹厳実直な人柄で王家に対する忠誠心も強い父のグレアムは、まさに騎士の鏡と呼ぶに相応しい忠臣だ、と周囲からは高い評価を得ている。
勿論、武術に於いても王国内に並びうる者はなく、そんな父はアルテナにとって憧れであり、目指すべき目標でもあった。
だが、死病に犯された母が病床に伏して以降の父の振る舞いが、そんな憧憬を色褪せたものへと変えてしまった。
御用繁多という理由で帰宅する回数が激減したかと思えば、明日をも知れない妻を気遣う素振りすらないのだから、落胆が失望へ、そして嫌悪へと変化していったのも無理はないだろう。
それでも、不満を胸に仕舞って物分かりの良い娘を演じてきたのは、父を信じたいとの想いを捨てきれなかったからだ。
しかし、それも、今この瞬間に雲散霧消してしまった……。
「どの口がそれを仰るのですか? 死病で余命いくばくもない妻を顧みようともしないのは、お父様の方ではありませんか!? 日毎に弱っていくお母様を見捨てて他国へ嫁ぐなど考えられません! ご不満ならば、私を勘当して気に入った殿方を養子に迎えればいいでしょう」
堪えて来た憤懣と恨み言を一気に吐き捨てたアルテナは、もはや用はないと言わんばかりに厳しい視線で父を一瞥してから踵を返す。
しかし、行く手を騎士団副団長に阻まれ、苛立つ感情の儘に声を荒げた。
「そこをどきなさい。邪魔をするのならば、ただではおきませんよ」
母親似で美しいアルテナは若手の男性貴族らにとっては高嶺の花的存在であるが、天馬騎士団の団長を務めているだけあって、普通の貴族令嬢にはない苛烈さも併せ持っている。
如何に正規騎士団の副団長とはいえ、怒りの炎を宿した紅玉の瞳で睨まれれば、とてもでないが太刀打ちできるものではなかった。
気後れして怯んだ相手を片手で押し退けたアルテナは、一刻も早くルディアスの下へと戻るべく歩を踏み出そうとしたが……。
「待ちなさい、アルテナ」
いつの間に背後に歩み寄っていたのか、グレアムの大きな手で右肩を掴まれてしまい、立ち止まざるを得なくなる。
その瞬間に感じた激しい嫌悪感を我慢できなかったアルテナは、父の手を払った勢いのままに振り向いて罵声を浴びせようとしたのだが……。
「うっ……お、おと……うさ……ま……」
不意打ち同然に硬い拳で激しく腹部を殴打されたかと思えば、続けざまに首筋を手刀で打ち据えられたアルテナは、意識を刈り取られて崩れ落ちるしかなかった。
倒れ伏す間際に紅玉の瞳が捉えた父の表情は哀しみに満ちていて……。
その記憶を最後に、アルテナは闇の中へと落ちたのである。
「誰に似たのかな……頑固さはエーディン譲りか……」
自嘲するかのようなグレアムの呟きに、副団長は痛ましそうに顔を歪めるばかりだが、それでも決然と口を開いて指示を乞うた。
「団長……御心中は御察しいたしますが時間がありません。予定通りに計画を実行に移しますが……」
宜しいですか、との問いはグレアムの言葉で断ち切られてしまう。
「そうしてくれ。念のために睡眠薬を使うのを忘れないように……護送役の団員らには、くれぐれも油断せぬようにと言い含めてくれ。サマールへ送り届けさえすれば、あとはラマシエ侯爵が万事取り計らってくれよう……ほとぼりが冷めるまでは人目に付かぬように監禁されるかもしれぬが……親馬鹿だと嗤うかね?」
色濃い自虐の念を含んだ団長からの問いに返す言葉がない副団長は、黙したまま一礼するや、横たわるアルテナを抱え上げて退出しいく。
その背中に向けられるグレアムの瞳には、深い哀惜の情が滲んでいた。
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