第八話 対抗戦前日
俺が選手兼トレーニングコーチに就任して一ヶ月が過ぎた。
俺と田中監督と協力して考案した練習メニューに部員達は反対しないでいてくれてる。
一年生は最初から反対しないでやってくれたが二、三年生は田中監督の決定とはいえ、初めは一年生がコーチになるという事に内心納得がいかない様子であったが三週間が経過した時でには誰も文句を言う先輩はいなくなった。
その理由は見た目は対して変わってない筋力が強化された事を実感したからだ。
明らかに練習時間は短縮されたにも関わらず筋力が強化された事に驚いた様子であったがその理由を俺は先輩達に説明した。
「何も難しい事はしてませんよ。先輩たちは超回復という言葉を知っていますか」
「超回復?」
「筋トレを始めとした激しい運動をすると筋肉の繊維がズタズタに引き裂かれます。それが筋肉痛の原因です」
「なるほど」
「筋肉痛の状態から身体をしっかり休ませると勢い余って回復する現象を超回復っていいます。これが筋力強化した理由ですよ」
「ああ、筋トレってそういう仕組みだったのか」
だから筋肉痛が生じる程に身体を酷使した場合は最低24時間は身体を休ませないと意味がない。
筋肉痛を身体の悲鳴の合図であり、コレを無視して練習を継続してしまうと筋トレを始めとした激しい運動をしてしまうと超回復の効果が薄まってしまう。
「とはいえ一日練習して一日休むではいくら何でも夏大会前には間に合わないし練習不足となってしまいます。だから三日間を身体を限界まで追い込んで一日休む方針にしたんですよ」
「お前が毎日練習をしない理由がよくわかったよ」
「疑って悪かったな」
「いえいえ実際に経験しないと実感しませんから先輩達が疑問に思うなは無理ありませんよ」
それに、90年代は科学トレーニングを取り入れてる学校が少ない為にまだまだ試行錯誤しながら取り入れてる学校が殆どの為に先輩達が科学トレーニングに対して理解が浅いのも無理はない。
「ですが闇雲に筋トレしてもトレーニング効果は薄まってしまうので、野菜ジュース、豆乳、鶏肉といった食物繊維やタンパク質が豊富な飲みものや食べ物をバランスよく食べて飲んで下さいね」
「ああわかってるよ」
「もう耳にタコが出来るほど聞かされたよ」
「今更お前の練習メニューにケチつけたりしねえよ」
こうして初めは科学トレーニングに疑問に思っていた先輩達もトレーニング効果が実感すると素直に練習に参加してくれた。
やっぱり実際に経験してみないと人間はわからないからな。
ーーー。
「何をしているじゃあ貴様!次エラーしたら二軍降格させるぞ!」
「は、はい!」
大和第六高校野球部監督である石井は守備練習でエラーをした選手に怒鳴り散らしていた。
普段から怒鳴り散らす事が多い監督ではあるが、今日はより一層不機嫌な表情を隠さないで怒鳴っていた。
「なあ、今日の監督いつも以上に機嫌が悪くね?」
「ああ、何があったんだ?」
いつも不機嫌な表情を隠さないで怒鳴り散らす石井監督の姿を目にしている野球部員達だが、練習が始まった段階で憤怒の表情をしていた為に野球部員達も何があったんだと思っていた。
(あの若造め!目上の者に対する敬意が足りん!)
石井監督が機嫌が悪い理由は三年前に大和第六高校の校長に就任した相原校長にある事を通達されたからだ。
「ワシを解雇だと!」
「今年の夏大会、秋大会共に予選で優勝しないで全国行きを逃したらの話ですが」
石井監督の解雇通告であった。
そもそも大和第六高校は全国に系列となる高校がいくつもあり、そんな系列高校の中で大和第六はスポーツ育成に力を入れており、野球部を始めとした高校スポーツの全国行きを目標にしている学校であり、そのため他校と比べて練習設備も充実しているし中学時代に実績がある生徒には入学金・学費免除・寮の宿泊費無料という条件にした推薦枠も用意し、他県の優秀な生徒を入学させる為に寮も充実している。
そんな高校であるため日本スポーツの花形であり、国民の関心が強い野球に対しては有名大学・有名社会人チーム・プロ野球チームにスカウトされる為に野球部に対しては労力を惜しまない方針をとっている為に監督も教員ではなく外部から監督とコーチ雇っており、アマチュアの監督とコーチでありながら下手なサラリーマンよりもよっぽど高い給料を約束されている。
しかし高い給料を払うだけに大和第六高校も見返りを求めているのも事実であり、ここ八年は優勝から遠さがって全国大会優勝どころか出場も怪しくなっていた。
そのため大和第六高校側としても最低全国大会出場が目的なのに予選大会で優勝できない監督を雇い続ける義理もないためいよいよ我慢の限界を迎えていたのだ。
「ここ最近は予選ベスト8に進出するのがやっと、これだけ軟式・硬式関係なく実績ある選手をスカウトして戦力を補強してあげてるのにこの体たらくは学校側としても問題視してるのですよ」
「き、貴様。目上の人間になんて生意気な態度!舐めているのか!」
石井監督の怒号に相原校長は呆れた表情でため息を吐いて呟く。
「はあ、私も貴方が全国大会に出場させるだけの力量があるなら文句は言いませんよ。実力があるなら貴方の様な老害も監督として雇い続けますよ私は」
「何じゃと!」
「しかし最近の貴方の横暴は目に余ります。今年は関東No.1捕手佐久間君を我が校に迎え入れたと言うのに本来なら推薦枠で向かいれる予定でしたが家族の希望で一般入試となりましたが佐久間君は文武両道ですので問題ありませんでしたが、貴方の勝手な采配で彼を野球部から遠ざけた……これが貴方の解雇を判断した理由の一つでもあります」
「野球部の采配にはワシが全ての決定権を握っている。貴様らもそれを承知でワシを監督として雇っていたのだろうが!」
「ええ餅は餅屋にという言葉がある様に素人が口を出すよりその手の専門家に任せた方が良いのは私も賛成ですよ。しかし、貴方は野球同好会の顧問をしている田中先生が我が校の生徒だった時代から野球部を私物化してる行為が目立つという報告も入っています。先代校長は貴方を何かと贔屓にしていた様ですが、私はそんな事をする義理はありませんよ」
「あれはワシの方針に逆らった奴にバツを与えただけじゃあ。ワシは野球部の為を思って行動しただけじゃあ!」
「ならば言葉より結果で示して下さい。最低でも夏大会、秋大会で全国大会出場が出来ないなら貴方との契約は今年の冬で終了させて貰います。そして公式戦の出場権をかけた野球部と野球同好会の試合に負ける様ならその段階でも解雇するつもりですから肝に銘じておく様にして下さい」
石井監督は校長室の会話を思い出してまた怒りを顕にした。
普段から命令する立場なだけあって最近は敬語で話す様な目上の人間と話す機会もなかった為に自分より遥かに年下の人間にあそこまで言われた事が彼には我慢できなかった。
最近は年功序列が崩壊して実力主義が当たり前という事が日本の社会・スポーツの世界でも当たり前になってきたと言われたが、そんな風潮になってる事に彼は我慢でかなかった。
(実力主義が当たり前で年功序列は古臭い異物……ふざけるな!ワシがどれだけ長年下げたくもない頭を下げ、殴られ、罵倒され続けて我慢して得た地位と権力が無意味になるだと!)
石井監督が若い頃は強烈な縦社会が当たり前な世界を生きてきた。
そんな世界しか知らないため実力さえあれば年上だろうと年下だろうと関係ないという最近の風潮は彼が若い頃経験した全てを否定された様でそれが許せないのだ。
(ようやく築き上げたワシの王国を、王様になったワシの世界を壊されてたまるか!)
だから今年の第二野球部との試合も、そして夏大会、秋大会は石井監督は絶対に負ける訳にはいかないといつも以上に野球部員に罵詈雑言の怒号を言い、スパルタ練習を強要するのであった。