第十話 第二野球部、野球部に昇格
「ストライクバッターアウト、ゲームセット!」
和田のストレートて空振り三振となって俺達第二野球部の勝利が確定して勝利した事に第二野球部の選手達全員がマウンドに集まり喜びを味わっていた。
中には涙を流す選手も現れてキャプテンの浜崎先輩なんてその筆頭で凄まじく号泣していた。
何年も第二野球部が対抗試合に勝てなかった事もあって練習試合に参加は出来ても公式戦に参加できない時期が続いていただけに、公式戦の参加資格を得た事はそれだけ嬉しいのだろう。
「こんの役立たず共がぁぁあああ!!」
そんな喜びを味わっていた中で突然相手ベンチから石井監督の怒号が響き渡っていた。
「クズのチームに惨敗しおってよくも伝統ある我が大和第六に恥をかかせたな!!」
血管がブチ切れるのではと思うくらいの憤怒の表情になり、金属バットを取り出した石井監督は選手達を整列させた。
「どうやらまだワシの指導が甘かった様だな。貴様らに根性を叩き直してやるわ!!」
「ひ!」
金属バットを天に上げて選手に向かって振り落とそうとしたが……。
「がは!!」
石井監督……いや、石井のジジイに向かって硬球を顔面に向けて躊躇もなく投げた。
コイツ、必死に試合に望んだ選手に向かって金属バットで顔面叩かくなんて何考えてやがる。
俺が石井のジジイに向かって硬球を躊躇もなく投げた事に周りは騒然としていた。
そんな中で顔面に硬球がモロにヒットして痛みが走りのたうち回っていた石井のジジイが俺に向かって怒りの表情を向ける。
「き、貴様、目上のワシに向かって何を!!」
「何がじゃねえよ必死こいて試合に望んだ選手に向かってバットで殴ろうとしてテメーに言われたくねえんだよジジイ」
「ワシに向かってなんじゃその口の聞き方は!!」
「うるせえよ……」
俺はコイツの身勝手さに腹が立ってスキル『威圧レベル1』を発動した。
スキル『威圧』はその名の通り相手に威圧感を与えて恐怖を与えて逃走させて無駄な戦闘を避けるスキルでレベルに応じてその威力は増す。レベル1は主に駆け出し冒険者が相手にするホーンラビット、スケルトン、ゴブリンといった最下級モンスターにしか通用しないが、この世界なら並のチンピラ相手にもレベル1の『威圧』でも充分効果がある。
実際に俺のスキル『威圧レベル1』で先ほどまで憤怒の表情だった石井のジジイは俺に恐怖して腰を抜かして「ああ……あ……」と、呟く事しか出来なくなっている。
「自分の思い通りにならないと怒鳴り散らして暴力だぁ。見た目は立派に歳食った威厳ある爺さんだが中身は菓子を与えられないで納得できない甘えん坊のガキと一緒だなテメーは」
「だ、黙れ……!」
おうおう『威圧レベル1』を浴びて恐怖心ですぐにこの場から立ち去りたい心情なのに意地だけでこの場にいやがる。どうやらプライドだけは一人前の様で、それだけ俺みたいなクソガキに説教されるのが我慢ならねえ様だ。
「厳しいという事が何なのか何も知らない……クソガキが……ワシに……説教するなんて烏滸がましいわ!」
石井のジジイは恐怖心に耐えながらも何とか振り絞って心情を俺にぶつける。
俺はこのジジイの話を聞く義理もないが、それでも聞かないといけない気がしてスキルを解除する。
スキルを解除したら水を得た魚の様に石井のジジイは喋る喋る。
「ワシが若い頃は今の時代以上に縦関係が厳しい環境にいたんじゃ、一年年が上というだけで環境は最悪じゃあ。少しでも失敗すれば殴らるのは当たり前、先輩が気に入らなければ教育と称してリンチを受ける事もあった。先輩の付き人として掃除、洗濯、飯の準備、マッサージと駒使いの様に何でもやった。ワシはそんな地獄の様な環境に中高大と耐え抜いた。社会人になってようやく解放されたと思ったら縦関係はまだ続く。下げたくもない頭を下げ、殴られ、貶され続けたのがワシらの世代が受けた青春なんじゃあ!」
「だから理不尽なスパルタトレーニングをしたり殴ったり怒鳴ったりしたのか」
「ワシらの時代では当たり前だったんじゃあ!そんな地獄を耐え抜いて今があるワシがコイツらを強くする為にやって何が悪い!20年も生きてない世間も知らない、親の脛を齧って生きているガキがワシに逆らうな!!」
ハァハァと叫び続ける石井のジジイ。
アンタが苦労した事はわかったよジジイ。でもな……。
「俺は確かにガキだ。テメーが生きた人生の半分も生きてねえよ。でもな、テメーの様に苦労したから下の人間を相手に好き勝手しても良いなんてダセー大人を尊敬しようと思わねえよ。少なくとも俺が尊敬する大人達はテメーと違って信念てのがあった」
異世界でギカン帝国に滅ぼされて人間が憎くて仕方ないのに、俺を仲間として受け入れてくれたアイツらは俺が初めて親以外で尊敬した大人達だった。
500年以上生きてるのにババア扱いしてキレてお姉さん呼びを強調したババア。そんな俺に厳しく接して戦うすべ教えてくれた鬼教官だったが稽古が終われば優しい一面があった俺の師匠であり初恋のハイエルフ。
頑固一徹の完全な職人気質だが仕事が終えると酒を飲んで周りを巻き込んで馬鹿騒ぎするドワーフは信念と誇りを教えてくれた。
家族と一緒にレジスタンスに参加していたある一家は故郷を滅ぼされて人間が憎いはずなのに俺を家族の一員として迎えいれて家族の温もりを思い出させてくれた獣人一家。
レジスタンスで出会った俺が尊敬する大人達は実力も無論あるがそれ以上に誇りと信念をしっかりと持っていた。
「年上たがら偉いんじゃねえ。本当に尊敬される大人はしっかりとした信念と誇りを持った奴だ。テメーの様に年上だから威張る奴は尊敬されねえ、少なくとも本気で尊敬されてるなら俺に文句の一つでも言ってるだろう。言わねえのはその証拠だ」
「う、うわぁぁあああ!!」
俺の言葉が怒りのトリガーを引いた様で石井の爺さんは金属バットを抱えながら俺に向かって走ってくる。
周りは石井のジジイの行動に驚愕して田中監督は「佐久間君逃げて下さい!」と叫んでいるが俺は逃げない。
石井のジジイが振り落とした金属バットは俺の頭に向かって直撃してあたりは悲鳴が上がる。
「気はすんだがジジイ」
「あぁぁあああ!」
俺が呟くとジジイは発狂した様に叫びながら金属バットで俺を殴り続けた。
アー地味に痛えな。こんな攻撃以前なら所持していたスキル『物理無効攻撃レベル4』を所持していたからレベル60までの物理攻撃は無効化できたからな。
今はそのスキルもないから俺のレベル12の防御力で何とか防いでいるけど……。
「ワシを見下すな!ワシを尊敬しろ!ワシはお前達より偉いんじゃあぁぁああああ!!」
「い、いけない皆さん石井監督を止めてください」
田中監督が我にかえり野球部、第二野球部の部員達に告げると「は、はい!」と返事を返して石井のジジイは取り押さえられ「は、離せえぇぇええ!!」と、叫んで暴れようとしたが流石に大勢に取り押さえられては何もできず地面に押さえつけられていた。
「おい佐久間大丈夫か!?」
「大丈夫佐久間君!」
和田と山本が心配そうに駆け寄ってきた。
「もう、なんであんな無茶なことするのよ!」
「そうだぜ。いつも俺に無茶するなって言っておきながらよ!」
「悪いな……実は結構きてる」
レベル5クラスの攻撃なんて俺からすれば大した事ないんだが、それでもチリも積もればなんとやらだ。
流石に大幅に弱体化した今の俺だと金属バットの殴打が続くとかなりやばいな。実際にあと数分は殴られ続けたら死にはしないが結構な重症になってたな。
「それはそうとビデオカメラは無事だよな山本」
「え、今日の練習試合を記録する為に持ってきてるけど」
「今は医者だ。ジッとしてろ」
「まだ録画してるなら証拠になるから絶対に死守しろよ。あのジジイの証拠品にする為にも」
俺の言葉に納得して頷いた二人。
その後は警察も介入して事態は更に混沌とした事なり警察にさえ石井のジジイは反抗して「若造がワシに触るな!」と事情聴取中に警察に手を出してしまった為に石井のジジイは現行犯逮捕されてしまった。
石井のジジイは警察署で「教育のためにやった」と言うだけで容疑を否認していたが野球部員を金属バットで殴りそうになった事や、俺が金属バットで撲殺されそうになったシーンが写してあるビデオカメラにバッチリ映っていた為にこれが証拠となり石井のジジイは殺人未遂罪として警察に捕まり、理事長や校長が介入する前に野球部の監督は解雇となった。
こうして自動的に野球部の監督は田中監督になり野球部と第二野球部の対抗試合は石井のジジイによる暴走というアクシデントもあったが終了した。
今回は警察沙汰にもなって下手したら夏の大会が出場停止処分になってもおかしくなかったが石井のジジイに問題があるだけで野球部事態に問題があるわけでないと判断されて出場停止処分は何とか免れた。